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どうして、と愛美は思った。
どうしてこの人の手はこんなにも温かいのだろう、と。無性に泣きたくなる。それはきっと、誰の掌でも同じというわけではない。今まで人と触れあってきた時間は決して多くは無かったが、人の体温を知らないほど無知な人間では無かった。
――この人だから……
初めて会ったとき、愛美は差し出された手を見なかった振りをした。掴んだら最後、終わりへの道を大きく前進するだけだから。
今さら後戻りは出来ない。もう、何もかもが元には戻れないのだ。零れ落ちた砂時計が逆流して、元の器に戻ることがないように。
唇を噛みしめ頭上を見上げれば、濃紺の夜空に青白い月が滲みながら輝いていた。
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