白い涙が零れる前に

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 全ては一月前、部屋のチャイムと共に始まった。 「誕生日おめでとう」  朝一番返事もろくに聞かずに入室してきた女性、矢代沙夜。皺一つない白衣を纏い、肩甲骨程の髪も一筋の解れさえなく一つに留められていた。一見お堅そうだが、人好きする笑顔とフランクな言動で意外と取っつきやすい人でもある。 「はい、あげる」 「え?」  軽く投げるように渡されたのは、手のひらサイズの小さな箱。それほども重くなく振ればシャカシャカと音がした。 「開けてみて! それから診察よ」  急かされて戸惑いながらも開封すると、一対のイヤリングがお目見えした。 「これは……」  オレンジ色の小さな小花が三つ四つ集まり、花開いていた。 手に取ってみると、思ったより軽い。重みで耳が痛くなることは無さそうだ。 「金木犀よ。あなたの誕生日花でしょう?」 「キンモクセイ……、へえ……」  初めて知った様子の愛美に、「嘘でしょう」と言葉が零れた。 「あなた、知らなかったの? 女の子でしょう、そういうの、普通興味あるんじゃないの?」  食いぎみな沙夜に、愛美はポツリと言った。 「偏見ですよ」  何の感情もこもっていないトーンに、沙夜は更に無邪気に訊ねた。 「そうかしら? それじゃあ、花言葉も知らないわよね?」  いたずらっぽく口角を上げる沙夜。愛美の変わらず冷たい態度に傷つく様子もなく、「初恋」と楽し気に教えた。
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