白い涙が零れる前に

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「斑に痛みがあることってあるんですか?」  沙夜の手が離れると、愛美は自分の手で確かめるように白斑に触れた。何一つ凹凸のない肌だが、斑とはもう二十年ほどの付き合いだ。視なくとも位置など容易にわかった。 「今のところは『いいえ』ね。でもこの病気はあまりにもわかっていないことが多すぎるでしょう? メカニズムも原因も不明、わかっているのはウイルス性でも遺伝性でもないことくらい。何が起きてもおかしくないわ」  肩を竦めながらも、診察を進める手は止まらない。 「うん、今のところ異常は無さそうね。何か自覚症状はある?」 「いいえ、特に」 「そう。それなら良かった。これから次第に苦しくなっていくことが多くなると思うから、無理をしないこと。何かあったら、すぐ呼びなさい」  忠告しながらもキーボードを打つ指は止まらない。左手の薬指は指輪、——ではなく白い涙の斑に飾られていた。そう、沙夜は医者であるのと同時に、この病気の患者でもある。  シルバーのパソコンは所々剥げ、年期が感じられた。沙夜がこの施設にやってくる前から使っていたもので、愛美と同じくらいの年齢らしい。オンボロでしょっちゅうフリーズするから、よく買い換えるように勧められているが、沙夜にはその気が全くないらしい。  やがてカルテを書き終えると、ザザッと荷物をまとめて鞄の中へ放り入れた。
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