白い涙が零れる前に

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「これから今日の予定はあるの?」 「いいえ、特に」  誕生日といえど、特別なことは何もない。仕事は休みにしたし、デートをしてくれるような恋人もいない。そもそも友人さえいないのだ。一日グータラ過ごすつもりで、予定を空けていただけだった。 「それじゃあ、これ、代わりに行ってくれないかしら? 私、急に診察入っちゃって」  軽い口調で、コピー用紙が一枚手渡された。  黒字がびっしりと書き込まれた一番上には、「新規入所者へのご対応及びご配慮のお願い」とあった。 「嫌ですよ!」 「お願いよ、具合が悪化した人がいるから、そっちへ行かなきゃいけないのよ。大丈夫、歳も貴女と近いわ」 「他に適任者がいるでしょう?」 「みんな仕事よ。あとはヨボヨボのおばあちゃんとかね。老体に鞭打って施設内を案内させるなんて……」  視線を左下に向け、困ったように顎に手を当てる沙夜。すると何を思ったか、話題をがらりと変えてきた。 「ところで、せっかくだからそのイヤリングしてみれば? 似合うと思うのよ」  言われて、愛美は手の中のイヤリングに視線を落とした。可憐に咲く小花を見て内心喚く。 ——賄賂だ。  沙夜との付き合いは二十年近い。今まで幾度も誕生日を近くで過ごしている。だけれどもプレゼントなど一度も貰ったことは無かった。  このタイミングの贈り物は、一種の脅しだ。折角の恩を仇で返すのか、と。
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