129人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
僕はしゅん巡した。この家に侵入者がいるのなら、僕が動けば相手に気づかれてしまう恐れがある。うかつには動けない。けれどこんなあられもない裸体で丸腰のままでいて見つかりたくない、どうにか服を身に着けたい、という気持ちもあって。でもそのために動けばどうしても物音を立ててしまう。
―だとしても、やっぱり、裸で事件には巻き込まれたくない……!
覚悟を決めて、僕は静かに浴そうから出た。どんなに慎重にゆっくりと浴室のドアを開けても音は鳴ってしまう。それはもう仕方がないと諦めた。
浴室を出た先の、脱衣所にあるドラム式の洗濯機の上に置いてあるバスタオルと寝間着を手に入れることだけを考える。
なるべく早く、とにかく素早く。
それだけを必死に考えて実行する。脱衣所に出た僕がまさに目標のバスタオルに手を伸ばしたのと時を同じくして。脱衣所の外の廊下で誰かが足を止めた。脱衣所と廊下を隔てるその引き戸が二度、ノックされる。
ぎくり、と僕は固まったように動きを止めて息を殺す。戸の鍵をかけることはできるのに、強張った体が動かない。緊張して身を潜めていると、戸の向こうから声が聞こえてきた。
「ナオちゃん? そこにいるんだよね? 大丈夫?」
「え……え? ……にぃ? なんで?」
遠いところにいるはずなのに。今ここにいるはずがない。なのに、僕がもっとも安心する声がすぐそこから聞こえてくる。
予想もしていなかったタスクの声に僕は動揺する。タスクは待ちきれないようにまたノックを繰り返す。
「開けてもいい? ナオちゃん! 開けるよ?」
「ま、ちょっと待って!」
そう断ってから少しして、僕は恐る恐る引き戸を開けた。
その、瞬間。
目の前にいたタスクが僕の体を引き寄せた。倒れ込んだ僕はその腕の中に収まり、力強く抱きしめられる。
なにが起きたのかわからなかった。突然のことに驚いて口を閉ざしていると、ボソリとタスクが呟いた。
「……心配したんだよ、本当に。無事で、良かった」
抱きしめる腕にさらに力がこもる。いつにないその腕の強さに、タスクが本当に心配していたことを実感して、僕はうろたえる。
「だ、大丈夫だよ。なにも起きてないし、今、停電があって驚いただけだから」
「青山くんは? どこにいるの」
「え? 雨が降る前に、夕方には帰ったよ」
「……? じゃあ、さっき電話で聞こえてきたのは?」
「電話のとき……? ……ああ。あれは……テレビの音、かな」
「テレビ……? 本当? それ」
「本当だよ。たぶん、間違いなく。テレビの番組の音だと思う。結構、テレビの音量を大きくして観ていたから。それよりにぃは? どうしてこんなに早く帰ってこられたの? 帰るのは、明日って」
「どうして、って。天候が荒れそうだから、早めに切り上げて、飛行機を今日の便に変更したんだよ。さっき電話をしたときはもう飛行機を降りていて、タクシーで家に向かっている途中だったんだけど。伝えそこねて」
「そうなの? 知らなかった……」
僕は顔をうずめるようにして、タスクの背中に腕を回す。暗闇で良かったと思う。突然タスクが現れたことには驚いたけれど、僕を思っていてくれたことが嬉しすぎて、どうにも表情がにやけて仕方がない。
タスクからは雨の匂いがした。衣服が湿っている。雨に濡れた服を乾かす手間も惜しんで駆けつけてきてくれたのかもしれない。
―にぃに触るのって、なんだか久々だ。
安心して、なんだか目元が潤ってくる。
タスクはまるで大事なものに触れるように僕を抱きすくめる。そんなタスクが僕の耳に、そっとささやきかける。
最初のコメントを投稿しよう!