それが恋だと初めて気がつきました。

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 ―待って待って、恋人なんて、いるわけないのに……!    その日の学校からの帰り道、僕はひどく気が動転していた。朝に持って行った傘を学校に置き忘れてしまうくらいに。確かに今朝は雨が降っていた。下校中の今はそれが止んでいるから、傘の存在を忘れてしまっていた、というのもあるけれど。  とにかく落ち着くことができないほどに、僕は動揺していた。  数時間前の出来事が僕の心をざわつかせている。 『ごめん。その日は恋人と出かける予定があるから』  なんて、クラスメイトたちの前で、つい言ってしまった。  ―僕の大馬鹿者ーっ! なに口からでまかせ言っちゃってんだよぉぉ!  いくら心の中で叫んだところで、発言してしまった言葉は取り消せない。すでに周知の事実になっている。  登下校用の鞄を両腕で抱きしめて、うう、と僕こと本郷寺直(ほんごうじ すなお)はうなだれた。今日は厄日かもしれない。そんな風に思いながら、ちょっと前にあった出来事を思い返す。  数時間前。本日の授業が終わった放課後のことだ。  僕は自宅から歩いて通える距離にある、県立のN高校に通っている。三年生だ。  この日、僕の所属する三年F組ではクラスメイトたちが大いに浮足立っていた。というのも、夏休みを数日後にひかえているというのもあるけれど、夏休みに入ってすぐに近隣で毎年恒例の夏祭り大会が開催されるからだ。  空一面に大量の花火が打ち上がる中、神社で屋台が立ち並ぶ夏祭りを楽しみにしている生徒は多く、F組でも話題はそのことで盛り上がっていた。そんな中で、高校最後の夏休みということもあり、クラスのみんなで集まって夏祭りに行くという流れになったのだが。  ―クラスのみんなで、って。……行きたくないんだよね。  正直なところ、乗り気にはなれない。これが僕の本心だった。  みんなで夏祭りに参加する。それには当然、僕のことも含まれている。直接誘われたわけではないけれど、周囲を見ていると参加するのが当たり前、のような雰囲気になっていた。  祭りは好きだし、花火も毎年観るようにしている。せっかくだから心から楽しみたい。それには誰と楽しい時を過ごすのか、というのは重要なことなわけで。  クラスのみんなが嫌いというわけじゃない。けれどクラスのみんなと群れるのが、実は苦手だった。多くの他人と居るときは言動にいちいち気を遣わないといけないし、疲れる。けれど独りぼっちでいるのも嫌なので、クラスの中では目立たないように、浮かないように、適当にクラスの輪になじむようにしていた。そうしていると、時折こんな風にクラスのみんなで、と何気なく遊びに誘われることもある。僕は面倒に感じることが多かったので、そんなときは「家の用事があるから、ごめんね」と断りを入れることにしていた。  ―だって気を遣ってせっかくの祭りが心の底から楽しめないなんて、嫌だし、ね。  いつもみたいに今回もそうしようか、なんて考えていた矢先のことだ。  みんなの輪からそっと外れようと、帰り支度を済ませて席を立ち上がったとき。僕に近寄って来た一人の男子生徒が声をかけてきた。
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