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「ナオちゃん。それ」
「それ?」
「ナオちゃんの、勃ってる……」
「へ? あ……! こ、これは」
指摘された僕は自分の下半身の状態を目にして、大いに焦った。弁解のしようがないくらいわかりやすく、僕のボクサーパンツの前部分は盛り上がって主張をしていた。
僕はカァッとなって反射的に足を閉じて手で覆うように股間を隠す。
「い……っ、色々あったから! やむを得ないというか、体の条件反射というか、混乱しているというか! 今は恥ずかしさで、いっぱいになっているというか! ただの生理現象というか! 自覚していなかったのでっ」
なにをわめいているのかわからなくなってきて頭が混乱する。
なぜこんな醜態を兄の前でさらしているのか、と泣きたくなってきた。
―……本当、すごい、恥ずかしい……っ。
心なしかボクサーパンツの盛った先端が湿っているような気がしてくる。なんとか収まってほしい。今願うのはそれだけだ。
僕が必死の中、タスクの小さな声が聞こえてくる。
「知らない間にずいぶんと、育っちゃって……」
「―っ、もう五秒経ったよね! 終わり、終わりにするから! ―わあっ」
「ナオちゃん!」
強引にモデル会をうやむやにして僕は這ってベッドから降りようとした。けれどあまりに慌てすぎてシーツに足を引っかけてしまい、またもや体のバランスを崩した。顔から床に落ちる寸前で、タスクが僕の体を受け止める。助けてくれたタスクとなだれ込むようにして、再び僕はタスクを押し倒した。
「……いてて、にぃ。またごめ……っ、大丈夫? ……にぃ?」
倒れたときに強い衝撃はなかった。なのでおそらく怪我はしていないはずなのだが。僕が話しかけてもタスクから反応がない。
僕が馬乗りになっているタスクはぼんやりとして宙を見つめていた。急に不安になってくる。タスクは頭を打ちつけたのだろうか。
「……にぃ。やっぱり、頭……っ」
「大丈夫。打ったりしてないよ」
「で、でも……ひえっ。わわわっ、にぃ!」
「え……あれ?」
僕は青ざめた。タスクの鼻からは血が流れていた。僕が離れると、当の本人は慌てた様子もなく、ゆっくりと体を起こす。
「血……?」
「にぃ。それ、止めないと! 拭くもの、ティッシュとか!」
「その机の上にあるから、取って。箱ごと」
「う、うん。にぃ、早く止めて……!」
机の上から取ってきた箱ティッシュを手渡すと、タスクは紙を数枚取り出して自分の鼻を押さえた。
僕がうろたえていると、タスクが手招きをする。
「落ち着いて、ナオちゃん。大丈夫だから。ここに座って」
「本当に大丈夫なの?」
「怪我じゃなくて。ちょっと興奮してのぼせただけだよ」
そう言って座った僕に近づき、タスクは自分の頭を僕の膝に乗せる。横向きの姿勢になって床の上で体を横たわらせる。
僕は上からタスクの顔を眺め、何気なく遊ぶようにその髪に触れる。
―自然に膝枕にされたけど。にぃって、甘える属性でも備わっているのかな。こんなの魔性だよ。
下では鼻を押さえたタスクが独り言のように呟く。
「……おれの天使が。ドジっ子でこんなエロ可愛いキャラに成長するなんて、聞いてないし。嬉しい誤算すぎるよ……」
「にぃ。変なこと言ってないで。のぼせたならなにか冷やすものとかあったほうがいい? 探してこようか」
「しばらくこのままでいてくれるだけで大丈夫だよ。ナオちゃんの手、冷たくはないけど、気持ちいい」
「そう? なら、いいけど」
タスクの額に手のひらをあてる。ひどく高い熱はなさそうだが、少し体温が高いような気がする。
つかの間そうしていると、タスクが少し身じろいだ。
ごめん、とふいに謝罪する。
僕はちょっと体を屈めて、口元を綻ばせた。
「にぃ。僕がモデルになったんだから。仕事はきっちりこなしてよね」
「もちろん」
タスクが頷く。そして僕のほうを振り仰いだ。
「約束も守るから。ナオちゃんの恋人役も、ちゃんとこなすよ」
念を押して言ってくれる。僕は、うん、と頷いたが、こんな状態のタスクを見て一抹の不安を抱いていた。
―本当に大丈夫かなぁ。頼んで良かったのかな……。
僕は最良を選択したのだろうか。よく、わからない。
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