それが恋だと初めて気がつきました。

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   七月二十六日。その日は朝から雨が降っていた。前日の天気予報でもわかっていたが、明け方からどしゃぶりの雨で、まさかそれで夏祭りが延期されるかもなどとは考えもしていなかった。  このまま夜まで雨が降り続けば夏祭りは延期になる。それは僕にとっては喜ばしいことだ。クラスでの悩ましく思っていたことがとりあえずは先延ばしになる。  けれど、タスクと花火を見に出かけられなくなるのは、残念だな、と少し思っていた。 いや、少しじゃないかもしれない。かなり、残念だ。タスクとなら夏祭りも楽しそうだと、僕は思うようになっていた。  そう思っていたことが天に通じたのか。昼を過ぎてから曇天だったそれは見る影もなくなり、陽射しが強すぎるくらいの晴天になった。風もない。まさに花火日和だ。  僕はそわそわしながら長く感じる時間を持て余すように過ごし、約束の夜を迎えた。  タスクとは家から一緒に出かけるのではなく、恋人らしくするために、待ち合わせることにしていた。夏祭りの開催場所である小峰神社(こみねじんじゃ)から一番近いコンビニエンスストアの前がその落ち合う場所だ。時間と場所はあの日に決めていたので、タスクが忘れていなければ会えるはずだ。  待ち合わせ場所に十五分も前に着いてしまった僕は、落ち着かないまま、暇を潰すようにコンビニの店内で買い物をして。そして約束の時間を待った。  ―……もう。ドキドキするなぁ。たかがにぃとの待ち合わせなんだよ? けど、仕方ないよね。実はこれがにぃとの初めての待ち合わせなんだから。  コンビニで買った棒アイスを一口かじり、僕は内心で言い訳をする。待っている時間がとても長く感じると思っていたところで、約束の時間になった頃に、タスクが姿を現した。すぐに僕を見つけて急ぐように駆け寄ってくる。 「ごめん、ナオちゃん。待たせちゃったね。それにしても夜だっていうのに気温が高くて。少し走っただけでも汗ばんできた。天候も良くなってきたし。この分だと人が多そうだね」  言いながらタスクは手を扇の代わりにして自分を扇ぐ。暑いと言うタスクは傍目からは涼し気に見える甚平を着ていた。濃い緑色の下地に格子縞模様の甚平は肩より少し下の辺りと、ズボンにスリットが入っている。肌がむきだしである足には普段から愛用している合成樹脂製の軽いサンダルを履いていた。  一方僕はといえば。白と赤の亀甲柄の黒地の浴衣で、帯はだいだい色。手に持っている巾着袋と履物の下駄も黒色だ。  この日着ていく服装についての相談はしていなかったけれど、夏祭りを一緒に過ごす恋人としてのタスクの見た目は完璧だった。  ほう、と見惚れた僕は思わずため息を吐く。  しかしなんというか、今回のタスクはまるで、お忍びで庶民の恰好をしてきたのに風格を隠しきれていないアラブの王族風、に見える。  立っているだけで溢れでるタスクの色香がまさにそれだ。今日は僕のあげたバンダナで髪を後ろで一つにまとめている。眼鏡はなくて前髪を上げてヘアピンで留めているから顔がしっかりと見えていて。やっぱり格好良くて。まさに究極のイケメンだ。  僕でさえそう思うのだから、通りすがりの女の子たちが歓声を上げてざわつくのは当然で。  なのに周囲の視線を一身に集めている当の本人はまったくそれに気づく様子がない。  頬を緩めて僕をじっと凝視している。 「ナオちゃんの浴衣姿、よく似合ってる。他人に見られるのがもったいないなぁ」 「……僕はいたって普通だよ。それよりにぃだって。甚平なんて、ずるい。反則的だよ。似合いすぎじゃない」 「褒めてくれるの? 格好いい? 恋人らしく、気合を入れてみたよ。おれは合格かな?」  タスクは微笑みながら覗き込むようにして訊いてくる。僕は言葉を詰まらせる。  同じ血をひいた兄弟なのに、この差だ。似てないにもほどがある。  悔しいのと嫉妬と、そしてタスクが僕のためにこの姿でいてくれることが嬉しいのとで僕の内心はぐちゃぐちゃで、誤魔化すようにムキになる。 「……合格に、決まってる……!」  動揺した僕は八つ当たりをするように、手に持っていた二個入りの大福の形をしたアイスの一つを不意打ちでタスクの口に突っ込んだ。アイスをもちもちした皮で包み込んだそれはちょうど口の中に収まるサイズで難なくタスクの口が受け止める。 「……んぐぅっ。……っ、……っ。ナオちゃん、これなに味?」 「小豆だよ。おいしいでしょ? 癖になる味なんだよね」 「なるほど。……確かにそんな味がして。悪くはないけど」  ごくり、と噛みしめるようにして飲み込んだ様子をみせたタスクは、なんだか少し複雑そうな笑みの顔をする。 「ありがとう。まあ、おいしかったけど。欲をいえば。イチゴ味とかフルーツの甘いのが好きだな、おれは」 「そうなの? それは知らなかった。にぃってお菓子とかケーキとか食べる人?」 「食べるよ。普通に好きな人。一度にたくさん食べるほうじゃないけどね。と、そうだ。忘れていた。おれもナオちゃんに渡したいものがあるんだった。これを」  言いながらタスクが下げていた巾着袋から小さななにかを取り出した。ちなみにタスクの巾着袋は僕のものと同じものだ。僕は母親からそれを手渡されたので、きっとタスクも同じように母親から持たされたのだろう。  タスクは僕にさらに近づき、少し腰を屈めた。僕の前髪を横にかきわけ、そこにピン留めをする。  僕は首を傾げる。
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