それが恋だと初めて気がつきました。

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「ただいまー。……っと、あれ?」  帰宅してすぐに気がついた。いつもならリビングルームに灯りがついていて、自室でテレワークをしている母親が気づいて出迎えてくれる。それなのに今日は室内のどこにも灯りはなく、明るい声も聞こえてこない。  そういえば、と思い出す。  今朝、この週末は父親と過ごすために外泊するのだと母親が言っていた。両親はいつまでたっても仲睦まじい。それは普段、二人が離れて暮らしているからなのかもしれない。僕の父親は現在、仕事の関係で海外に赴任中で家族と一緒には住んでいない。父親はたびたび日本に帰国するのだが、そんなときは決まって母親と逢引旅行をしていた。今回もそうで、そういうときは留守を任された僕が家事の一切を引き受ける。  その中には二階の部屋に引きこもっている、兄の世話も含まれている。  僕には十も歳が離れた兄がいる。本郷寺佑(ほんごうじ たすく)。それが兄の名前だ。  二階にある僕の部屋の隣にタスクの部屋がある。タスクの部屋のドアは常に閉じられていて中の様子を僕は知らない。  この日、久々にタスクの部屋の前で足を止めた僕は、二度、軽くドアをノックした。  部屋の外から話しかける。 「にぃ。今日はママ、パパと会って外泊する日だから、晩ごはんは僕が作るね。カレーにしようと思うんだけど。食べる?」  僕は耳を澄ませる。すると部屋の中から声が聞こえてきた。 「ナオちゃんのごはん……食べたい……」  ―あ。食べてくれるんだ。  ホッと安堵して胸を撫でながら僕は頷いた。 「じゃあ出来たら後で持っていくね」  そう声をかけてタスクの部屋から離れ、僕は制服から私服へ着替えるために自室へ向かった。  ―にぃは姿は見せないけれど、ごはんはいつもちゃんと食べてくれるんだよね。  母親がいつもそうしているのと同じように、盆に食事をのせてタスクの部屋の前に置いておく。時間が経つといつの間にか食器は空になっている。以前から変わらずそうだった。  僕は家にいるときは母親と一緒に食事をする。けれどタスクは別だった。タスクは自分の部屋にこもりきりで出てこない。これがもう何年も続いている。  幼い頃は遊んでもらった記憶が多少はあるが、タスクがいつからそうなっていたのか、気づけばすでに姿を見ない状態にあった。接触がなさすぎて近年ではその顔すらおぼろげではっきりと思い出せない。  いわゆるニートで無職で引きこもりで。兄のそれが知られたくなくて僕は家の外ではそれを口外しない。そんな兄のことを両親は何も言わずに放置している。前に母親にそれとなく訊いたことがあるのだけれど、「たぁくんはあれでいいのよ」とにこにこと笑顔を向けられただけだった。  食い下がってもう少し深く追求してみると、どうやらタスクは食費として毎月きまった金額を母親に渡していることがわかった。けれど収入源は不明。その金銭の出所は母親に訊いても教えてもらえなかった。  兄は謎に包まれている。そんなタスクに対し、僕は少し苦手意識があった。だから普段は自分から兄に関わるような真似は決してしない。  ―でも今日は仕方なく。ママの代わり、だからね。ごはんを用意するだけだもん。会うことなんて、ないんだからさ。  気は楽だ、とそんなことを思いながら自室で着替えを済ませ、晩ごはんの準備を始めるまでの空いた時間をくつろぐために、僕は一階のリビングルームへ向かった。
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