それが恋だと初めて気がつきました。

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 そんなとき、タスクの原稿を一枚、いつまでも手に持っていたことを思い出した。  僕はタスクを呼び止める。 「にぃ。もう一つ気になっていることがあるんだけど、聞いてもいい?」 「いいよ。なにかな?」 「これなんだけど。にぃの、描いてる途中? のこの紙のことなんだけどね」 「あ。……気になるよね、それ。やっぱり」 「うん。だって中途半端なところが、ね。抜けてるわけだし。ねえ、どうして?」  僕はタスクをじっと見つめる。タスクは言葉を詰まらせたかのように少し困ったような表情をして、しばらく黙っていたのだが、やがて諦めたように息を吐き出した。 「うまく、描けないから、だよ。ヒロインの姿が。ナオちゃんが持っているのはね、男装していたヒロインの女騎士が、仕えていた皇太子に自分の正体を暴かれて、良い雰囲気になりながらも、皇太子に辱められる場面、なのだけど」  ―やっぱり濡れ場だった……。  淡々とタスクは説明をしてくれるけど、改めて聞いている僕は羞恥で顔を熱くする。 「女の子の体って、その、ビデオとかそういう雑誌とかで、研究すればいいんじゃないの?」 「この物語はファンタジーなんだよ。衣服が現代のものとは違うし。この場面では皇太子が仕立て屋に作らせた特注品の下着を彼女は着せられていて。それが実はここにあるんだけど」 「……え。あるの?」 「そう。ここに。特注で作ってもらって」  タスクは部屋の隅に置いてある段ボールの中からそれを取り出した。それを広げて見せてくれる。それは白色の女性用の下着で、ブラジャーの部分はリボンやレース、真珠のような小さな玉がいくつ飾ってある細やかで可愛らしいデザインになっている。そして胸から下を覆う布は太ももくらいまでの長さがあって、ワンピースのようになっているのだが、背面はスリットのように割れている。光の加減で薄紫に輝く生地は薄くて透けていて素肌が見えるような魅惑的なデザインだ。  エロさを引き立たせた一品に、思わず僕は喉を鳴らす。  それを手にして平常の顔をしているタスクが悩むように眉をひそめる。 「なので、できればこれを着ている見本があればいいんだけど」 「見本……。にぃ、それを着てくれそうな彼女とか、いたりは?」 「しないよ。そういった友人もありません」  タスクが肩をすくめる。僕も苦い笑いを浮かべた。  ―でしょうね。いたらとっくに頼んでいるよね。……しかし、にぃって。仕事のためにここまでするような人なんだ。全然知らなかった。  仕事に対してタスクは真摯に向き合っていて真剣だ。原稿が散らかっている部屋を見る限り、かなり悩んでいるように思える。  困っているなら力になってあげたいような気がする。けれど良い方法が僕には思い浮かばない。 手にした原稿を眺めていて、ふと視線を感じて僕は顔を上げた。タスクがこちらを直視したまま止まっている。 不思議に思って僕は声をかける。 「なに? にぃ」  話しかけると、ビクリ、とタスクが体を揺らす。 「ナオちゃん、モデル……」 「え。僕がするの? 僕は男だけど」 「……ヒロインは男装の、女騎士なので。サイズもナオちゃんでも合うくらい、少し大きめだから」 「けどそれって女の子でしょ。全然違うから。胸もないし。参考になんて……」 「大丈夫だよ。ヒロインの彼女は元々胸がふくよかなほうではない設定だし、この下着には胸を大きく見せるパッドがついているからね」  タスクはやけにぐいぐいと熱心に推し勧めてくる。熱意は伝わったが、だからといってそうやすやすと女性物の下着を身に着けてあげたいとは思わない。  僕は大きく否定するように首を横に振る。 「だとしても。嫌、かなぁ」 「だよね……。無理強いはできないか……」  残念だ、とタスクは呟く。明らかに落胆して肩を落とす。いじけたように、下着を持ったまま床に膝を抱えて座り込んでしまった。こちらに向いた背中から哀愁がただよっているように見える。  そんなタスクを見ていると、なんだか僕が意地悪をしているみたいな気になって、いたたまれない。  僕は深くため息を吐いた。 「……わかった。わかったから。にぃの望むようにしてあげるよ。けどタダってわけにはいかないからね。条件をつけさせてもらうからね!」 「やってくれるの? 本当に? それで、条件というのは?」  振り向いたタスクの表情は輝いていた。期待をするような目を向けられて、はやまったかも、なんて僕は少し後悔をする。けれど言ってしまったからには撤回はできない。  僕は覚悟を決める。
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