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プロローグ
「良いよねお嬢様って」
「親が県知事ってどんな暮らしなんだろうね」
「おまけに成績もいいし」
「ずるいよねー」
斜陽の溢れる白の廊下で女子生徒たちが小さな円を作って話をしている。キャッキャと校舎に響く声と私の足音。彼女らの声は近づくたびに小さくなっていって、すれ違う時には無音になる。
「ヤバ、聞かれた?」
「別に聞かれてもいいよ」
「あー、確かに」
「だってほら、〝マリーちゃん〟なんだから」
誰が言い出したのか、いつのまにか私のあだ名は〝マリーちゃん〟になっていた。一見可愛く聞こえる名前だけれど、意味はマリーアントワネットの〝マリーちゃん〟。人形のような人間だと言われているのがすぐに私にもわかった。
私も好きで人形をしていたわけではない。朝6時半に起きて勉強して勉強して勉強して夜は21時に寝る毎日。特にやりたいこともなく、やるべきことを見つける方が楽だった。
しかし、そんな私にもやりたいことが出来た。それと出会ったのは私が7歳の頃。
寝て起きて、勉強して給食を食べて、お辞儀をして帰る日常。小学2年生の私も今の私も、たいして変わらない学校生活を送っていた。
私が学校から帰る時、横断歩道のモノクロに親しみと嫌悪感を感じていると、絵画展のチケットを持った母に誘われて絵画展に行くことになった。
田舎景色に不相応な角ばった建築物の中に入ると、喪服のようなスーツを着る警備員に迎えられて順番に絵画を見る。 どれもまだ子供の私には大人の趣味にしか見えず、ただ退屈だった。
でも、そんなことが陳腐に感じてしまうほどのあの出会いを、私は忘れられない。
鮮烈な色達が私を包み込んで……あの絵の前で、腰を抜かして尻もちをついてしまったことをよく覚えている。
“『夏の音』 菊池道雄(きくち みちお)”
夏の黄昏時を描いた幻想的でとても優しい絵。たった一枚の絵が私を絵画の世界に引きずり込んだんだ。
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