12 回復

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12 回復

この日をきっかけに俺と大河の距離はまた縮まった気がする。 亜希子先輩の退院の日も、車を出して一緒に迎えに行った。俺はなるだけ時間が開けば、大河に連絡をしたし、亜希子先輩の好きそうなスウィーツを持って家に行ったりした。 二人の家に行くのには最初の頃は抵抗があったが、1年が経つ頃には、もうそんなことどうでも良くなっていた。 何より大河が笑ってくれている事が嬉しかった。 亜希子先輩の病状は抗癌治療の甲斐があってか、少しずつ回復して行っていた。彼女は今度は暇だと言って、日本語教師になるための勉強を通信で始めていた。 元来、彼女は海外が好きで言語学も好きだ。 ちょうどいい時間潰しにもなるし、元気になった時に働く手段としても捉えているようだった。 俺はというと、声優の仕事も順調で専門学校で非常勤講師の仕事もするようになっていた。 18歳くらいの学生を見ていて、たまに自分と大河が出会った頃を思い出したりもしていた。 大河はというと、あの後もバー Bitterでマスターに扱かれつつバーテンダーを続けている。 今ではもう本職にしてしまっていた。 大手化粧品会社との二足の草鞋はしんどかったようだ。亜希子先輩が無事退院し、1年がたとうした頃すっぱりと会社を辞めたのだ。 本格的にバーテンダーになるために勉強していた。 俺は仕事が早く終わればBitterに顔を出し続けていた。 いつだったか、マスターがギックリ腰になり店の切り盛りを大河がする時があった。 俺はその日オープンから閉店まで店にいた。 1日、頑張る大河を見ていたかったのだ。 朝5時までの店だが4時にはもうお客はみんな帰っていた。そんな時は4時に閉める。 アルバイトの店員も3時半に上げ片付けをする。 4時丁度に店の看板の電気を消す。 そして、表の鍵を閉めた。 「大河先輩、こっちに来て」 「ん?どうした治?お前こんな時間まで大丈夫なのか?明日は仕事遅いのか?」 そんな事を聞いてくる。 「明日は1日休みなんで大丈夫です。それよりこっちに」 「なんだよ」 そう言いながら、寄ってくる。 「先輩、俺実は初のラジオ番組持つことになりました!!!!!」 「え!?凄いじゃないか!!もっと早く言えよ!!もう全部片付けてしまったじゃないか!」 「いえいえ。お祝いとかはいいんです。でも、一つだけお願い聞いてもらえませんか?」 「なんだ?一つだけ聞いてやる。祝いだからな」 「・・・・・」 「なんだよ!言えよ!」 「・・・・今日は俺の家に泊まってください・・・」 「え?それは・・・?どういう・・・」 「そう言う意味です。亜希子先輩には明日の夕方まで借りますって言ってあります」 「え?それで亜希子は?」 「どうぞって。男同士で羽伸ばしてきてって言ってました」 「・・・・お前・・・・用意周到かよ・・・」 「・・・・・・・・・」 沈黙が流れる。 丁度店のBGMの有線の曲が切れて静寂が流れた。 俺はもう我慢ができなくなっていた。 大河の腕を引っ張って、体を抱き寄せていた。 「えっ!?おい・・」 そう言った時にはもう口をキスで塞いでいた。 大河の口腔内に無理に侵入する。 最初は抵抗していたようだったが暫くするとあのピアスがこちらの口腔内に侵入してきた。 「大河、お願い・・・・」 俺がそう言うと、またBGMが流れ出した。 その日は俺の家に帰り3年ぶりに二人でそのまま睦あった。そして泥のように昼まで裸で眠った。 この日の夕方俺の部屋を出て行く時、大河が言った。 「治、もう俺のこと先輩って呼ぶな。大河でいい。 みんなの前では大河さんとかなんとか、名前でいい。 もう俺はお前の先輩ってよりも、もうただの大河として対等な立場で存在しておきたいんだ。 俺もお前のことを人前では霧島って呼ぶことにする。 お前も有名人になってきたし、虎尾っていう芸名があるしな」 「わかった。じゃあこれからは大河って呼ぶし、二人の時は敬語もやめる。 流石に亜希子さんの前では無理だけど・・・」 そう言うと大河も 「それはそうだな・・・」 そう言って笑った。 俺の家を出て行く時、俺は大河に合鍵を渡した。 「これ、使って欲しいとかそう言う意味じゃないから。でもいつ来てくれても良いって意味で渡す。 亜希子さんのことを大切に思ってるのもわかってるし、中途半端が嫌いなことも知ってる。 でも俺の事も嫌いじゃないなら、持ってて欲しい。 俺は都合のいい男でいいから」 そう告げた。 「・・・・治・・・・」 固まっている。 「ほら、俺がもし倒れたりした時誰も俺の家に入れないのも困るしその時はお願いしたいし・・・」 そこまで言ってやっと、 「わかった。そうだな。お前は一人だもんな。 俺が何かあったら駆けつける役になってやるよ」 自分のキーホルダーに俺の家の鍵を加えてくれた。 それだけで、救われた気がした。
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