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13 新しい生活
それから新しく始まったラジオ番組で俺は忙殺された。なかなか大河にも亜希子先輩にも会えない日が続いていた。
彼女は年に一回しかない日本語教師のテストに見事受かっていた。その祝いもしなければと思いながらも、もうかれこれ1年ほど大河の家を訪れることをしていなかった。
ラジオ番組はいつも聞いてくれているようで、ほぼ毎週と言っていいほど、亜希子先輩はメールをくれていた。
メールの内容は、ラジオの感想に自分の体調の報告。そして大河の様子などだ。
日本語教師の資格が取れてから、今度は働くところを探しているとも書いてある。
バイタリティ溢れる女性なのだ。
直接会ってはいなかったが、今までで一番やりとりそしていた頃かもしれない。そして、またたまには大河を遊びに連れ出してくれと書いてあるのだ。俺は毎回、仕事が落ち着いたらそうすると返信を送っていた。
この時期の俺はラジオ番組に声優の仕事、そして専門学校での講師、スケジュールがほぼ埋まっていた。
でも夜に時間ができるとBitterに顔を出していた。
そこには頑張っている大河がいる。
俺のちょっとしたオアシスになっていた。
一向に俺の家の鍵を使うことがない大河だったが、酒に酔って家に帰りづらい時には俺の家に来るようになっていた。
”明け方に酔っ払って亜希子の元には帰りたくない”
という理由ではあったが、それでも俺は嬉しかった。
俺の家にいる時は、大河は俺のものだった。
たまには一緒に眠る事もあった。ただ何もしない。(キスは寝ている隙を見てしていたが・・・)
拷問のようだったが、俺たちの微妙な関係ではそれがいいのかもしれないとすら思っていた。
そして、こんな時間が俺を繋いでいるものだった。
そんな生活が3年ほど続いたある日、Bitterのマスターが引退すると言い出した。
その時は大河も30歳になっていたし、バーテンダーとしても4年を越えようとしていた。
マスターは大河にお店を譲りたそうだった。
それは前々から俺が飲みに行くたびに、そう呟いていたから。半年だけ待ってくれという大河の望みを聞いて、そのまま本当にマスターは大河に店を譲った。
名義を変えたり、許可証を取り直したりと、さまざまな手続きに翻弄されていた大河だったが、ある意味店を持つことを小さな目標にしていたのだから、前にも増して頑張っていた。
俺はそんな大河をそばで見続けるしかできないでいたが、専門学校の卒業生や同じ業界の人間を紹介して、少しは貢献したいと思っていた。
そんな一年を過ごした。
少しずつ新しい大河マスターになってから、落ち着き出した頃、俺は大河に家に来るように言った。
その時、大河は初めて俺の部屋の鍵を使った。
二人で祝いたかったのだ。
店で祝えば邪魔者が入る。
既に大河は新しいマスターとして人気者だったし、イケメンマスターとの噂で女性のお客も増えていた。
俺はカッコ悪く嫉妬するのが嫌だった。
二人で俺の部屋で飲む。
この日も亜希子先輩には断りを入れてある。
もうこの頃の亜希子先輩は捌けたもので、自分も仕事で忙しいからなのか、ほとんど会う事がなくなっていた。
祝酒とは、自宅で飲めば飲むほど酔いが回る。
気分が高揚している上にリラックスまでしているからだろう。
この日は珍しく俺と大河は狂ったように性を貪った。2年分を埋めているようだった。それくらい抱いたような気がする。濃厚な1日だった。
そしてこの日を境に俺は大河のことを外ではマスターと呼ぶようになった。
この日大河が俺の玄関を出て行く時、珍しく大河の方からキスをしてきた。こんなことは珍しいのだ。
大河は行為中は乱れても、家に帰るこの時から良い旦那様の顔になる。
だがこの日は違ったのだ。
俺は不吉な予感がしていた。
その予感は案の定的中することになる。
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