7 別れ

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7 別れ

亜希子先輩が留学して丸4年。向こうの学校はスタートの時期が違うから帰国は7月だった。 その頃の俺と大河は一番冷えていた頃だろう。 俺は24歳になり、声優の仕事が本格的になり、レギュラーをいくつも抱える状態になっていた。そして、キャリアを作るには今頑張らねばならないと気を張っていた時期でもあった。 あの当時は携帯もまだ文字制限があって、メールも気軽に送れない時代だった。 電話をしてみてもお互いに留守電になるばかり。 スタジオでレコーディングをしているときは電波干渉しないように携帯の電源を切っている。 そんなことが続いて生活がどんどんすれ違っていっていた。会えない日々が半年近く過ぎようとしていた。 ある夜、仕事終わりに携帯の電源を入れ直すと珍しく、大河から30件の着信がなっていることに気がついた。これは普通じゃないと気がついた。 留守電が一件だけ入っていた。 「治、ごめん。本当にごめん。別れよう」 その言葉だけが入っていた。 二ヶ月後、その言葉の理由がわかった。 風の噂で、大河が亜希子先輩と結婚したことを知った。どうも、亜希子先輩が帰国した後、大河の家に転がり込み、そのまま居着いたと。 そして、妊娠をきっかけに結婚したと。 それを聞いて、俺は言葉を失った。 だが、この半年まともに会えてもいなかった自分に、責めることなんてできるはずもなかった。そもそも、亜希子先輩と長い事付き合っていたことは知っていた。大河は優しいから断れなかったのだろう・・・。 なんだか納得できてしまった。 男の俺と付き合っていても家庭は作れない。 亜希子先輩が妊娠したのなら、家庭が作れていいのかもしれないとも思った。 俺にはこの”虎尾”という名前がある。 みんなは知らなくても俺と大河は知っている。 この名前の由来もあの充実した3年間も。 それでいいと思ったのだ。 大河が結婚してから俺は仕事をしまくった。 仕事をしていないと気が狂いそうだった。 たまに言い寄ってくる女の子を連れ立って、飲みにいってみたりした。 だが、全く抱く気になんてなれなかった。 皮肉なもので、それが、紳士的だという噂が流れていた。ますます、プライベートはなくなっていった。 1年が経った頃、いつものように言い寄ってくる女の子達を連れ立って飲みに出た時だった。 あるバーの前で客を見送るバーテンダーの姿を見かけた。 心臓が止まりそうだった。 大河だったのだ。 どうみても働いている。 その時はいく店が決まっていたからその大河が出て来た店の名前だけ覚えて、その場を後にした。その日の帰りに覗いてみようかとも思ったのだが、勇気が出なかった。 それから一週間。 その店の事が気になっていた。 言い寄ってくる女の子が連絡をくれたことに乗じて、行ってみる事にした。 どうしても一人で行く勇気がなかった。 その店は小さな看板を出している路面店で、美しい筆記体でBitterと書いてあった。 ウッド調のドアを開けてみる。 店内はカウンターとテーブル席がある。 ざっと見渡したところ、大河はいなかった。 店員に勧められるがまま、その女の子と二人カウンターに座った。 店員が飲み物を聞いてくる。 「俺は、ジントニック。彼女は・・・」 「私、カシスオレンジ」 そうオーダーを通すとバーテンダーが飲み物を作り出す。追加でチョコレートとドライフルーツをオーダーする。女の子が好きそうなモノは心得ている。 大河がいない事に少しホッとしている自分がいる。 会いたいが、どんな顔をして会えばいいのかもうわからなくなっている。 一緒に来た女の子は、バーという空間に興奮しているのかあたりをキョロキョロ見回しながら、おしゃれなお店〜などと言いながら、目を輝かしている。 こんな時の女の子を扱うのは慣れている。 昔、大河に言われたことを思い出していた。 女をスラスラ褒めるのは俺ぐらいだって言ってたな・・・ 「お待たせしました」 奥の扉からさっきオーダーしたドライフルーツとチョコレートを持ってバーテンダーが出てきた。 お互いに心臓が止まりそうになったに違いない。 少なくとも、俺はなった。 大河だった。 「ごゆっくりどうぞ・・・」 そう言った大河の声が少し震えた。 踵を返すように下がっていく。 俺はそこからこの日に一緒に来た女の子の話は全く耳に入っていなかった。
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