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「いったい何のようだ」  正面にいるブランドものに身を包んだ男女に問いかける。 「玄関にすら上げてもらえないの、私たち」  女の首には見覚えのあるダイヤのネックレスが輝いていた。 「俺は今でも貧乏だからさ、あんたらの口に合う茶もないんだよ」 「まぁ、お茶なんていらないわ。それで、『つばめ』は部屋にいるの? アンタが大方予想がついてるの」  いきなり核心を突かれ、通すまいと最後の砦であるドアの前に仁王立ちになる。頑なに守ろうとする姿勢に女がほくそ笑んだ。 「どうしてこんなバカな真似をしたの。アンタのことだから『つばめ』が不憫に見えたってところでしょうけど」 「当たり前だ。まだ10歳にもなってないのに顔も本名も出して。あのアイドルごっこがあの子のためになるのか」  俺が言うと、女はむっとした顔をする。 「お腹にいるって分かったくせに何もできなかったアンタに言われたくない。それに元々アンタと2度と顔を合わせないっていう条件にあの子を産んだのに」  確かにその通りだ、が。過ちを指摘され、思わず頭を掻きむしった。荒っぽく声を張る女の肩をその夫が叩く。 「彼を責めても仕方がないだろ。目的は娘を返してもらうことだ」  高級な腕時計をつけた壮年の男が前に出た。背の高い整った顔が俺を見下ろしている。 「こちらとしては今後のためにも穏便に済ませたい。もし、すぐに『つばめ』を返してくれるのなら君を警察に突き出すようなことはしない。当然、2度と彼女には会うことは許さない」  あの頃と変わらず淡々と条件を出した。俺とは正反対でコイツの方がはるかに印象はよく見える。 「だったら、あの子に普通の女の子としての生活を送らせてあげろ」 「それは難しい相談だ。『つばめ』には数多くのファンがいて活躍を楽しみにしている」  ファンという言葉を聞いて思わず笑ってしまった。なにがおかしい、と言いたげに眉をひそめる。 「ファンってコメントにいる碌でなしたちのことか」 「それは仕方あるまい。どんなコンテンツでも妙な見方をする人間は一定数存在する。お金を払ってくれる以上、そんな人間もファンとして認めざるをえないだろう」  冷静に言う男に対し、ついに吹き出すように笑ってしまった。 「というか、お前だってその気があるだろ。俺だったらあんなごっこ遊びさせない。そっちから見たら他人の子だし、そもそも子どもを卒業したばかりの嫁を貰うなんて」  その瞬間、女の平手が入る。10年近く前にも味わった痛み。そんなにその男の方がいいのか。 「もう警察に連絡するわ。もうアンタに人生狂わされたくないの」  女はスマートフォン片手に男を引き連れて階段を下りようとする。そりゃ、先にそんな目に遭わせたのは俺だけど、だからって・・・・・・。 「だからって、あの子に辛い思いをさせるのは違うだろ!」  俺は階段を下りようとする2人の背中に手を伸ばす。その手は一瞬にして2人を突き飛ばした。
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