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しばらくの間、謁見の間という空間は、帝王というただのひとりによって掌握されていた。
張り詰めた空気。
一種の荘厳さをもつその空間。
その空気に圧され、青年の胃はキリキリし始める。
(嗚呼、空気が重過ぎる‥)
すると、先程から無表情を崩さなかった王が口角を僅かに上げた。
唐突に、先程とは逆の方向から音が響く。
ギィィ…
かすかに軋む音を立てて扉が開く。
誰だろうか。衣ずれの音を小さく鳴らしてカーペットの上を進んできている。
ハッ…
青年は息を呑んだ。いや、青年だけではない。その者を瞳に映したものは、すべからく。
まるで、女神だった。
ありふれた、陳腐な表現。しかし、その表現が彼を表すのに最も相応しいと思えた。
ステンドグラスから降り注ぐ陽光に照らされて、淡く輝く銀の髪。青く澄み切った、天を写しとったような瞳には星が瞬いている。口元は緩く結ばれ弧を描く。頬には軽く赤みが刺していて、それが清楚な中に妖艶さを滲ませる。その華奢な身体を包む、魔術師団の正装である白のローブには、勲章がいくつか着いており、団長を示す金糸の模様が入っている。
(なんて美しい……。噂には聞いていたが…。)
彼は優雅な所作で王の前まで進み出て、そのまま跪いた。
「よい、立て。」
「…はい、陛下。」
彼が立ち上がると王は楽しそうに口角を上げたまま述べる。
「エルティリア・エスト・オルトニア、お前に魔術師団長の位を授けよう。異論は?」
「有り難き幸せにございます。謹んでお受け取りいたします。」
彼はそう言って最敬礼を示した。
「そうか。」
そう王は宣うやいなや、玉座から腰を上げた。
(陛下っ!?)
青年は驚愕した。無理もない。王は、いつのまにか隣に立っていた宰相閣下の手元から団長の徽章をサッと取ると、彼の、エルティリア新団長の胸元に王自らの手でつけ始めたのだ。
(前代未聞だぞ!………そうか…、王はそれ程雪の君を重要視していると示したいのか。)
王が雪の君の耳元で何か囁く。すると、雪の君の耳に朱がはしり、王はクツクツと笑い声を洩らした。
(こんなにも親密なのか‥‥。)
青年は再び驚いていた。
「エルティリア、お前は我が側近、雪月風花の一人だ。その名に恥じない働きをせよ。俺は期待しているぞ。励めよ。」
そう言ってトントンと肩を叩き、王は立ち去っていく。
「陛下、この名に恥じない働きを今後も、必ずや。我が忠誠を我が君に。」
王の背に向けて言葉を放ち再び最敬礼した雪の君に、王は軽く後ろ手を振った。
その後、王が謁見の間から退出したのを見届けて、雪の君も踵を返し、外へと出ていった。
その場にいた貴族達は一斉に息を吹き返したかのように話し出した。
(そうか…、あの戴冠から2年かぁ。こんなにも貴族が掌握されていたとは思わなかったなぁ。これならあのお話、お受けしてもいいだろうか。
————それにあの雪の君‥、面白そうだなァ。)
そう心中でつぶやきながら、青年もまた、踵を返した。
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