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「彼の親御さんに連絡した方がいいですね」
職員室で事情を伝えると、教頭が渋々といった様子で提案した。言われるまでもない。ご両親を学校に呼んで三者面談をするべき事態だ。それに、あのおとなしかった浩史がああなったのは家庭環境が原因かもしれない。
クラスの連絡網を取り出した俺は、浩史の母親の携帯番号へと電話を架けた。
「――おかけになった電話番号は、充電が切れているか、電波の届かない場所
に……」
繋がらなかった。固定電話に切り替えてみるが、コール音がむなしく鳴り続けるだけだった。ためしに架けた父親の携帯も結果は同じで、誰とも連絡がつかず俺は途方に暮れた。
――お母さんとお父さんが、ペンペマに食べられました。
あの落書きが脳裏によぎった。ばかばかしい。頭を振って余計な考えを消す。明日、浩史ともう一度しっかり話してみよう。
翌日、浩史は学校に来なかった。
本来入るべき欠勤連絡もなかったため、学校の決まりとして放課後彼の家へ安否確認の訪問をすることになった。
相変わらず浩史の両親とは連絡がついていない。
「……ここか」
学校から二十分ほど歩くと、彼の住むアパートに着いた。築年数も古いのだろう、『三村リバーサイド』と印字された鈍色の塗装が剥がれかけている。コンクリートの廊下に転がる蛾の死骸をよけながら、俺は竹田家を目指した。
その部屋だけ、新聞が数日分溜まっていた。枚数からして、三日前から引き抜かれていないのだろうか。――三日前。ちょうど浩史がおかしな挙動をとりはじめた小テストの日だ。
インターホンを押す。反応はない。何度かドアをノックしてみると、部屋の中からわずかな物音が聞こえた。
「浩史君の担任の沖野です。本日お休みのご連絡がなかったため、家庭訪問に参りました」
誰かの足音が近づいてきた。「せんせい?」ドアのすぐ向こうで声がする。浩史だ。
「ああ、俺だ。今日はどうしたんだ? まだ体調悪いのか? 皆心配してたぞ」
しばしの沈黙。やがて、ぶつぶつと独り言のような呟きがドアの奥から聞こえた。耳をすませてみるが、何を言っているのかまでは聞き取れない。
「……ところで、今日は親御さんいないのか? 昨日から電話がつながらなくて困って――」
いきなりドアが開いた。縞模様のパジャマを着た浩史が、やつれた顔で私を見上げている。
「せんせい、たすけてください」
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