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「お茶を出すので、座って待っていてください」
リビングに通されると、浩史が床のクッションを指さした。「気を遣わなくていいぞ」と背中に声をかけたが、浩史はかまわずキッチンの奥へと消えていった。昨日よりは大分落ち着いているみたいだ、と俺は少しだけ安心した。
室内を見回してみる。十畳ほどのリビング。床には空になったカップラーメンの容器や、食べかけのスナック菓子の袋が散らばっている。お世辞にも片付いているとは言えない。ふと俺は、こいつがちゃんと食事をとったのはいつなんだろう、と心配になった。
「どうぞ」
お盆にグラスを乗せて戻って来た。礼を言ってお茶を受け取ると、浩史がお盆を手にしたままボロボロのソファに体育座りをする。しばらく洗濯されていないのか、パジャマが所々黄ばんでいるのが目についた。
壁の時計がコツコツと音を立てている。グラスに口をつけた。冷たい麦茶が一口喉を滑り落ちたとき、俺は自分がとても喉が乾いていることに気がついた。
「お前に聞きたいことがあるんだが――」俺は切り出した。「最近、なにか嫌なことでもあったか? 学校とか、……家のことで」
浩史が俺を凝視している。口は相変わらず弛緩したように半開きだが、そこから何らかの言葉が返ってくることはなかった。
「些細なことでいいんだ。先生、お前が困っていることがあれば力になりたい。たとえば、親御さんとあまりうまくいっていないとか」
育児放棄。ネグレクト。それらの用語がぐるぐる頭の中で渦巻く。汚れた衣類、まともに与えられていない食事、お母さんとお父さんが食べられましたという落書き――あれは、両親が自分への愛情をなくし、そばから消えたことの比喩表現ではないのか。
「ドアのところに新聞が何枚もささっていた。もしかして親御さん、ここ何日か帰ってきてないんじゃないのか?」
子どもを家に置いて自分たちは遊び惚ける。にわかには信じられないが、現実問題としてそういう家庭は存在する。
ネグレクトの疑いが濃厚な場合、学校に報告する義務があった。俺は鞄からメモ帳とペンを取り出す。詳細に記録するのだ。
「頼むから教えてくれ。いつから――」
「おなかが、いっぱいにならないんです」
俺の言葉を遮って、浩史がそんなことを口走った。
「え?」
「給食とか、おかしとか、食べようとすると、気持ち悪くなっちゃうんです。あいつが、食べたがらないから、ぼく、ぼく――」
あいつ?
俺はペンを止めて、浩史をまじまじと見つめた。なんの話をしようとしているのだ。
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