76日前

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 プールからの帰り道、塩素の匂いが抜けきっていない僕たちは、橋の上をゆっくりと歩いていた。  夏至を過ぎたとはいえ、日はまだ長い。  強烈な橙色を放つ太陽は、街の陰影を色濃く浮かび上がらせている。 「はー、遊んだ遊んだ! 真崎君も、楽しかった?」 「はい」  僕は頷く。  友達とプールに行くなんてイベント、いつ以来だろうか。  四季宮さんと理由は違うけれど、楽しめたのは確かだった。  それはよかった、と四季宮さんは笑って、僕の一歩前を歩き出す。  その後姿(うしろすがた)を眺めながら、思う。  四季宮さんの望み通り、プールに行った。  その前には彼女の家に行って、ファッションショーのようなこともした。  これで彼女のお願いは、十二分に果たされたはずだから。  きっともう、僕と彼女の関係は終わり……なのだろう。  四季宮さんとの関係がこれで終わりになるかと思うと、少し物寂しくはある。  だけどそもそもの発端が、棚から牡丹餅、ヒョウタンから駒、偶然の上に幸運を塗り重ねたようなラッキーイベントから始まったのだから、贅沢を言ってはいけない。  せめてこの鮮やかな夕焼けと、塩素の香りと、彼女の華奢な後姿だけは心にとどめておこう。  そう思った矢先、 「じゃ、今度は何して遊ぼっか?」  四季宮さんは、くるりと僕の方に向き合って言った。  僕はたっぷりと数拍置いて、同じ言葉を繰り返す。 「……今度?」 「うん、今度」 「……これで終わりじゃないんですか?」 「何言ってるの? そんなわけないじゃん」  四季宮さんは、聞き分けの悪い子供を諭すような口調で続ける。 「私、最初にお願いしたでしょ? 私といっぱい遊んで欲しいの、って」 「確かに言ってましたけど……」 「まだ二回しか、遊んでないよ? いっぱいには、程遠いよね?」 「で、でも、もう肌を見せる系の遊びは大体やったんじゃないですか?」 「えー。真崎君ってば、発想がひんこーん」  綺麗な右手を僕の目の前にずいっと出して、一本ずつ曲げていく。 「まずはカラオケだね」 「……カラオケって肌、見せますか?」 「暑くなったらカーディガン脱ぎたいもん」  な、なるほど、そういうのもあるのか……。 「あとあれ、スポッチとボーリングもしたいなー」 「そ、それも肌は見せませんよね?」 「私の話、聞いてた? 暑くなったらカーディガン脱ぎたいんだよ?」  いや、聞いてはいましたけども……。 「バッティングセンターとかも行きたいなー。あとは激辛ラーメン食べに行きたいし、岩盤浴にも行ってみたいし、あとは……またプールにも来たいなー」 「また、ですか?」 「うん。だって――」  によっと笑って指を曲げる。 「私まだ、たくさん水着持ってるし」  ……分かってるんだ、からかわれてるのは。  だけど残念なことに、数年間女子とまともに会話もしてこなかった僕は、それを軽く受け流せるだけの度量は持ち合わせていない。 「真崎君、顔真っ赤だよ?」 「ゆ、夕日のせいじゃないですかね……」 「苦しいねえ」  分かってるよ、そんなことは……!   心の中では強くツッコみを入れるのだけど、その言葉が口から出ることは決してなくて。結局、彼女に流されるままに、この状況を受け入れようとしている自分がいる。 「と、いうわけでさ、真崎君」  右手をすっと降ろして、僕に差し出す。  まるで、握手を求めているみたいだった。 「これからも、よろしくね?」  彼女の目を直視できない。  きっとこれも、四季宮さんを背後から照らす、やけに眩しい夕日のせいだ。  そんな風に言い訳しながら、僕は彼女の手を握り返した。
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