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53日前
それからというもの、僕はたびたび四季宮さんに呼び出されては、遊びに連行された。
やれボーリングだ、やれショッピングだ、やれラーメン屋だと、彼女に言われるがままに連れまわされたわけなのだけど。
もう最近に至っては、自遊病のことは関係のない場所まで連れ出される始末だった。
だけどそれを主張したところで、口の達者な彼女に口下手な僕が叶う訳もなく。
結局、彼女に引っ張られるままに遊びに出かけていた。
もちろん、楽しい。
だけどそれゆえに怖くもある。
なにか、とんでもないしっぺ返しがあるんじゃないかと身構えてしまう。
これだけの幸運を、なんの見返りもなしに受け取れるほど、僕は素直な性格をしていなかった。
放課後。
学校の階段を上り、自分の教室を目指す。
日直の用事を済ませ、人も減って来た校内を歩き、自分の教室前までやってきた。ふと、先日四季宮さんと教室の中で話したことを思い出した。
『要するにね、真崎君。君はもっと、自分の言葉に句読点を打って、しっかり、はっきり、相手に自分の考えを伝えるべきだよ』
単語と単語の間を、あるいは文節を、区切って分けて、相手に明確に伝わるようにする。
確かにそれは大切なことなのだろう。四季宮さんの言う事は概ね正しい。
だけど、自分の言葉に自信がある人にしかできないことだとも思ってしまった。きっと彼女が思っている以上に、僕は情けない人間なのだ。
四季宮さんは「じゃあ、まずは私と話すところから練習しよう」なんて言ってくれたけど、果たしてそれで改善するかどうか……。
「最近茜ちゃん、あの子と仲いいねー。誰だっけー? あの、ほら、えーと」
「藤堂真崎君?」
「そーそー、藤堂君。前からあんなに仲良かったっけ?」
教室の中から僕の名前が聞こえて、思わず扉にかけた手を引っ込めた。
条件反射とでも言えばいいのか。気にせず入れば良かったのに、これではまるで盗み聞きしているみたいで、ちょっと決まりが悪い。
四季宮さんと話しているのは、八さんだった。
八織江さん。四季宮さんの親友で、四季宮さんとは別方向に突き抜けて明るい子だ。嫌いではないけど、苦手なタイプだった。
「んー、仲良くなったのはここ最近かな?」
「ほへー。なんかあったの?」
「それは秘密ー」
「えー! なんでよー! 私と茜ちゃんの仲じゃんかー!」
どうやら教室の中には二人しかいないらしい。
同じく、廊下側にも僕以外に人影はない。
だからだろうか、二人の声は、扉を挟んでいてもよく聞こえた。
「だーめ。織江ちゃんには、もう私の秘密知られちゃってるから。これ以上バレちゃったらフェアじゃないもん」
「いいじゃんアンフェアでもー。秘密握りたーい。茜ちゃんを牛耳りたーい」
「ふふ、なにそれ。変なの」
秘密……秘密ってなんだ? と首をかしげる。
自遊病のことかと一瞬思ったが、それは八さんですら知らない内容だったはずだ。
だとすれば一体……。
「藤堂君とお出かけとかしたんっしょー?」
「したよ。この前は一緒に激辛ラーメン屋さん行ったんだー」
「ずるーい! 私も行きたいのにー!」
「織江ちゃんは辛い物苦手でしょ?」
「うぬぬ、そうだけど……そうだけどぉ」
少し間が空いて、また八さんの声が続く。
「……でもさあ、大丈夫なの?」
「大丈夫って……何が?」
「いやー、ほら」
「茜ちゃんの婚約者の話、藤堂君は知ってるの?」
がつっ!
と大きな音がした。
それが、僕が扉にぶつかってしまったからだと気づくのに数拍の間を要した。加えて、真っ白になった頭が稼働するまでにもう数拍。
不審に思ったのだろう。
がらりと扉がスライドしたかと思うと、八さんがきょとんとした顔で立っていた。
「あ、ありゃ? 藤堂君、なんでこんなところに――」
何か言われる前に、僕は走り出した。
荷物は全部教室に置きっぱなしだったけど、知ったことではなかった。
何かに追われるように、バクバクと荒く脈打つ心臓の音を聞きながら廊下を走り抜けた。
「真崎君、待って!」
呼ばれた気がしたけれど、気のせいだったかもしれない。
僕の都合のいい聞き間違いだったかもしれない。
彼女に引き留めて欲しいと願う、僕の頭が勝手に作り上げた幻聴だったとしても驚きはしない。
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