8人が本棚に入れています
本棚に追加
話を聞くところによると、御影と織江さんは幼馴染らしかった。
なんでも、親同士が大学の友人らしい。小・中と別の学区に通っていたが、高校になって家が引っ越したことで、高校も同じところに通うことになったのだとか。
「そうなんだ。私、全然知らなかったよ」
「学校じゃ話しかけんなって言われてたからねー。遅めの反抗期が来たみたい。かわいいやつー」
やはは、と笑う織江さん。
普通そんなこと言われたら、仲が悪くなって、疎遠になって、そのうち会話すらしなくなるだろうに、変わった人だ。
それにしても御影のやつ……。女子との接点が皆無とか言って、がっつりあるじゃないか。
「織江さんが、御影を呼んでくれたんですか?」
「そだよん。修学旅行が最低四人一班っていうのは、事前に先生から情報仕入れてたからね。にゃはは! 私ってばかっしこーい!」
「僕と御影が友達ってことも、知ってたんですか?」
「もちもち。こーちゃんの唯一の友達だもん。まあ、こーちゃんには学校ではあんまり話しかけないようにしてたから、藤堂君にも絡み辛かったんだけどねー」
「なるほど……」
僕は頷きつつ、窓から見える職員室に目を向けた。
僕たちは今、先生に呼び出された御影のことを待っているところだった。
大遅刻した上に、急きょ修学旅行に参加することになった御影は、当然のように担任の先生に連れて行かれ……かれこれ三十分くらい、帰ってきていない。
あいつなら、こうなることは分かっていただろうに……どうして来てくれたのだろう。
「ねねね、茜ちゃん、京都どこ周りたい? やっぱり金閣寺は鉄板? でも清水寺も観てみたいよねー。嵐山ってとこにも行ってみたいなー」
「もー、織江ちゃん欲張りすぎだよー。ほらみて? どれも結構、離れてるんだよ?」
「ぐえー、ほんとだー。これじゃ全部回れないじゃーん。どうせなら全部隣に建ててくれればいいのにねー」
「それは風情がなくない?」
「えー、だって一気に見られてお得じゃん? 藤堂君もそう思うっしょー?」
頭の中でイメージしてみる。
金閣寺を始めとする京都の有名な建物が、ずらりと横に並んでいる。
一歩進んで銀閣寺、三歩進んで祇園四条。
……うん、ないな、これはない。
「得ならいいって考えは、捨てた方がいいと思いますよ」
ぶふっ、と吹き出す音がした。
見れば四季宮さんが口元を両手で抑えて、肩を震わせている。
「え、今のそんなに面白かった?」
と織江さん。
そんな怪訝そうな顔を向けられても……。
「ウケを狙ったつもりはないですね」
「だよねー。茜ちゃん、たまにツボが分かんないんだよなあ」
「ちっ、ちがうの……。なんか、真崎君がツッコんでると面白くて……」
息も絶え絶えにそれだけ言うと、四季宮さんは涙をぬぐった。
四季宮さんの笑顔を見たのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。なんの影もなく、屈託なく笑う四季宮さんを見ていると、なんだか僕も嬉しくなった。
「あー、かったる! びっくりするくらい絞られたわ」
しばらくすると、投げやりなセリフと共に、御影が職員室から戻ってきた。
どさりと僕の隣の席に腰かけ、机の上にばてた野良犬みたいに突っ伏した。
「おっつかれ、こーちゃん。修学旅行、来られそう?」
「ったりめーよ。すげー量の課題と引き換えに参加権もぎ取ってきてやったわ」
「あはは、課題は自業自得だよねえ」
うっせえ。と軽口をたたき合っていた御影は、僕の視線に気づいてこちらを向いた。
「ん、なんだよ真崎、しけたツラして」
「いや……その……ありがとな」
「あん?」
「修学旅行、来てくれて……」
御影はきっと、織江さんから聞いたのだろう。
僕と四季宮さんを仲直りさせるために、修学旅行で同じ班にしたい。そのためには、御影の力が必要なのだと。
学校に最低限しか登校しない御影にとって、課題が足されたり、登校を促されたりするのは、嬉しくなかったはずだ。
それでも、こうして修学旅行に参加してくれたのは……ひとえに僕のためなのだろう。
「この礼は、いつか必ず――」
「お前、何言ってんの?」
けろっとした顔で、御影は言った。
「俺はただ、京都に行きたかっただけなんだけど」
「……は?」
「いいよなあ、京都! 古式ゆかしき都って感じがしてさあ! 飯もうまいらしいじゃん? 京都弁の女子ってのも見てみたいし、一回行ってみたかったんだよなあ」
「インドアの煮凝りみたいなこーちゃんは、相手にされないと思うけどなー」
「ああ!? んなの行ってみないと分かんねえだろ!」
つーわけで、と御影。
「俺が修学旅行に行くのは純度100パーセントで俺のためだから。その辺、勘違いするなよな。でもまあ、どーしてもお礼をしたいっていうなら? そーだなあ、ここの蕎麦屋で飯でも奢ってもらおっかなあ」
そう言って御影が指さしたのは、清水寺の近くにある、やたらと雰囲気のよさそうな蕎麦屋さんだった。そばを一枚食べただけで、僕の財布が吹っ飛びそうな店構えをしている。
「ちょっと待て、それはさすがに――」
「あ、ずるーい! 私も私もー! 私は抹茶パフェ奢ってもらおっかなー。ほら、茜ちゃんも選んで選んで!」
気付けば四人、京都の旅行ガイドを囲んで、この店に行きたい、あれを食べたいと意見を交わしていた。
普段、教室の隅でひっそりと暮らしていた僕が、教室の中で度々目にしていた光景。その中に、今、自分がいることが不思議でしょうがなかった。
「真崎君」
四季宮さんが人差し指で僕の肩を叩く。
振り向くと、思っていたよりも近いところに四季宮さんの顔があった。
僕たちは互いに驚いて、同時に小さくのけぞった。
「ご、ごめん」
「い、いえ……。えっと……どうしたんですか?」
「ううん、大したことじゃないんだけどね」
小首をかしげ、四季宮さんは控えめに笑って言った。
「修学旅行、楽しみだね」
遠ざかっていた彼女との距離が、少しだけ、縮まった気がした。
最初のコメントを投稿しよう!