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 高校生でも泊まれそうな宿を知らないか、と御影に聞いた時「ちょっと待ってろ」と即答した数分後、宿の情報を教えてくれた。  いわゆる大人のホテルだが、店員を介さず、チェックも甘い穴場なのだとか。よほどのヘマをしなければ、連れ戻されたり、補導される心配はないだろうということだった。  なんでそんなにすぐ見つけられたのかは謎だったが、曰く「こういうのは探せばいくらでも見つかる」とのこと。  とにかく、御影に教えてもらったホテルに入り、適当に部屋のボタンを押して、僕と四季宮さんは無事に本日の寝床に到着した。 「わー! ひろーい! ベッド大きいー!」  ぴょんとジャンプして、四季宮さんはベッドにうつぶせに倒れ込んだ。  ロングスカートが腿の辺りまでめくれて、僕はあわてて目をそらした。 「真崎君もおいでよ! 思ってたよりふかふかだよ!」 「ぼ、僕はここでいいです……」  彼女と同じ部屋で二人きりになったことは、もう何度かあるはずなのだけど、場所が場所だから変に緊張してしまう。 「いいじゃん、どうせ一緒に寝るんだからさー」 「い、一緒に!?」 「え、もしかして真崎君、椅子で寝るつもり?」 「そういうわけじゃないですけど……」  改めて言われると、気恥しい。  四季宮さんは、ベッドの上でパタパタと足を動かしながら、上機嫌に言った。 「でもまさか、夜の宿のことまで考えてくれてるなんて。嬉しいなー」  そして続けて、実はね、と言いながら、カバンから鍵を取り出した。  高級そうなキーホルダーの付いた、ホテルのキーのような物だった。 「真崎君が考えてなかったら、別荘に一緒に付いて来てもらおうと思ってたんだ」 「べ、別荘?」 「うん。ここから電車で一時間くらいのところにある、マンションの一室なんだけどね。真崎君から連絡がきた後、こっそり家から鍵を取ってきてたんだ」  室内の仄暗い照明を受けて、銀色の鍵がきらりと輝いた。  なるほど、別荘なんてあったのか……。  庶民代表のような僕には考え付きもしなかったような妙案に、思わず面食らう。  そしてすぐ、それならそっちの方が四季宮さんにとっても居心地が良いのではないかということに気付いた僕は、慌てて口を開き、 「そ、そうだったんですね。だったら、ここよりも別荘の方が――」 「ううん、ここがいい」  四季宮さんはそう即答して、バッグの中に鍵を戻した。 「真崎君が、私のためを思って頑張って調べてくれた、ここがいいよ」 「し、調べたのは御影で、僕じゃないんですけど……」 「もー、そういうことじゃないの。言ってること、分かるでしょ?」  立ち上がり、椅子に座った僕の手を取った。  ほっそりとした指は、十二月の冷気に中てられて、まだ冷たい。 「私を連れ出してくれて、本当にありがとう。私のために、一生懸命考えてくれて、行動してくれて……。言葉にできないくらい、嬉しいよ」  なんと答えればいいか分からず、僕は沈黙した。  四季宮さんも、何も言わなかった。  しばし、視線が絡む。  ライトブラウンの美しい瞳に、僕の姿を確認した瞬間。  四季宮さんが僕をそっと抱きしめた。  甘い香りと、柔らかな体に包まれて、僕の身体は金縛りにあったみたいに動かなくなってしまう。  どうしたらいいのかさっぱり分からなくて、恐る恐る四季宮さんの背中に腕を回そうとして――やっぱり、諦めた。  きっと傍から見れば、僕の動きはブリキ人形みたいにぎこちなかっただろう。  やがて、四季宮さんは僕の耳元にそっと口を寄せて、囁いた。 「ねえ、真崎君」  彼女の吐息が艶めかしく耳輪を撫でる。 「このままずっと、ずぅっと……一緒に、逃げちゃおっか」 「……っ」  刹那。  僕の脳裏で様々な思考が明滅した。  それはとても、とても魅力的な提案だった。  だけど同時に、魅力的だからこそ、現実的ではないと思ってしまった。  現実はいつだって苦痛を伴う。  優しいだけの現実なんてありはしない。  楽しいだけの現実なんておとぎ話だ。  ここにきても僕はまだ、この逃避行のゴールを、結末を、決めることができずにいた。  だから僕は、四季宮さんの言葉への反応が、一瞬遅れて。 「あの――」 「なーんて」  そして僕よりも一瞬先に、四季宮さんの体が離れる。  彼女の体温は、悲しいほどにあっと言う間に、部屋の空気に溶け込んでいく。 「もちろん、冗談だよ」  からっと。  四季宮さんは笑った。
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