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友達を作れない人。
友達を作らない人。
一文字しか違わないのに、その間には大きな隔たりがある、なんてことは周知の事実だろう。
欲求はあるけど達成できない。
欲求がないから達成しない。
意志が違えば、意思も違う。
そもそも生きる方向性が、真逆のベクトルを向いていると言ってもいい。
それなのに、表面上では「友達がいない」というただ一つの現象としてこの世界に投影されているというのは、なんというか、この世界にしぶとく生き残っている致命的なバグみたいだよなあと、前者に身を置く僕は思うのだ。
そしてきっと後者の「作らない人」は、その気になればいつでも友達ができるのではないかと、僕は勝手に思っている。
媚びずとも生きられ、群れることを拒む。
それらを全てひっくるめた人としての在り方みたいなものが、そもそも強いのだろう。
「なんだよ、真崎。急に話って。今日、納期で忙しいんだけど」
「いいだろ、たまには僕から電話したって。いつもは僕が御影の話聞いてるんだから」
友達を作れない僕。
友達を作らない御影。
そんな僕たちが、互いに唯一の友達になっているというのは、少し面白くて、おかしくて。世界に一矢報いてやった気分になる。
御影浩二とは小学生の頃からの付き合いだ。
以来、中学も一緒、高校も一緒で、なんなら同じクラスだったりもする。
といっても高校入学以降、こいつの姿を見かけたことは、ほとんどないのだけれど。
「今回はなんの納期なの? イラスト?」
「や、ライターの仕事。ゲームのレビューしなくちゃいけなくてさ。オープンワールド系のゲームのレビューをプレイ込み五日でやれとかバカじゃねえのって感じ。クリアするのに三日三晩徹夜したわ」
御影は高校に入学してから、ほとんど自分の部屋にこもっている。
世間一般に言う、引きこもりというやつだ。
『学校で学ぶことは、もうねーや。俺の人生に必要ない』
そう言って御影は、ウェブ上で活動を始めた。
こいつは優秀で、特に芸術、情報方面に秀でている。その特技を活かして、ウェブデザインだったり、ライターだったり、イラストレイターだったり、ゲーム企画のプロデューサーだったり……とにかくありとあらゆる仕事に手を付けては、ばっさばっさと稼いでいた。
曰く、学校の勉強を使わず、学校で習わない技術で食っていくんだから、三年間仕事の経験を積んだ方が有意義だ、とかなんとか。
じゃあなんで高校に入学したんだよ? と僕が問うと、
『ま、学歴が必要になる場合もあるからな』
出席日数も、卒業に必要な条件ぎりぎりになるように調整しているらしい。器用なやつだ。
御影の人生スタンスはさておき、僕としては、こいつが同じクラスにいてくれるのはありがたい。
御影は僕が唯一、まともに話せる友人だった。
「んで、わざわざ電話してきたんだ。さっさと本題に移れよ」
うっすらとキーボードをたたく音が聞こえる。
喋りながら記事を書いているようだ。
「今日さ、『幻視』で人を助けたんだ」
キーボードの音がはたと止まった。
「バレないように?」
「いや、バレた」
「へえ、珍しいな。俺ん時以来か?」
「そうだね」
幻視――物心ついた時から僕に宿っている、不可解な能力。
六十秒先の未来が何の前触れもなく視えてしまう、不便な能力。
御影は僕の幻視のことを知っている……いや、信じてくれている、ただ一人の存在だ。
だからこうして、気軽に相談もできる。
「なんでバレた?」
「一回目はうやむやになったんだけど、二回目がそうもいかなくて――」
「待て待て」
僕が説明を始めると、御影はそれを遮った。
「お前、今日一日で二回もそいつのこと助けたのか?」
「そうだけど」
一回目は昼休み、四季宮さんが階段から落ちるのを見た時。
二回目は帰り道、スパナがぶつかるのを回避した時だ。
階段の時は、他に色んなことが重なったから誤魔化せたけれど、スパナの時はどうしても不自然さが隠しきれなかった。
だけど……まさか、未来が視えているところまでバレるとは思わなかったな。
「そいつ、女だろ」
「え」
「名前も当ててやろうか。四季宮茜だ」
「な、ななな……なんで――」
「分かったかって? 愚問だな」
御影は続ける。
「お前はさ、ずーっと隠してきたじゃねえか。幻視を持ってるのがバレないように、バレないようにって、馬鹿みたいに腰を低くして、目立たないように過ごしてきただろ」
馬鹿みたいには余計だと思う。
だけど……その他は事実だ。
僕は幻視のことを、ずっとずっと隠してきた。
「他人を助ける時も、できるだけ自分がやったってバレないように、陰からひっそりこっそりやってきただろうが。それがどうよ。今日だけで二回、しかも相手にバレるリスクをおかしてまで助けた。となれば、話は簡単」
一拍置いて、御影は言う。
「お前はそいつのことが気になってたんだ。そしてあわよくば、話をしてみたかった」
「そ、そんなこと……」
ない、とは言い切れなかった。
僕は口をつぐむ。
「だとしたら、後は芋づる式に分かるよな。お前が気になる開いてなんて、惚れてるやつだけだ。そしてお前が好きな相手は一人しかいない。つまり助けた相手は四季宮茜だ。これで証明終了っと」
たーん、と電話越しにエンターキーを押す音が響いた。
なんだかその音が気に食わなくて、ほんの少し反論する。
「……僕が四季宮さんのことを好きなんて、いつ言ったんだよ」
「言ってただろ。笑い声が好きだって」
「それは言ったかもしれないけど……」
はあ、とあきれたようなため息が一つ。
「お前さあ、あんまり俺を甘く見んなよ。お前が他人の笑い声を好きって言うのが、どれだけ珍しいことかくらい、ちゃーんと分かってんだよ」
「うっ……」
「はーあ。女絡みかー、テンションあがんねーなー」
「な、なんでだよ。いいだろ、別に……」
「俺ってさー、超ハイスペックじゃん?」
自分で言うか?
いや、まあ……こいつなら言うか。
「学校に通ってなくても勉強はできるし、大卒して働いてるやつよりも、もうはるかに稼いでるし、ルックスも悪くないし、コミュ力にも問題はない」
最後に関しては、いささか自己評価が高すぎる気もするけど……。
「だけどそんな俺が唯一手に入らないものがある。女性との交流だ」
「引きこもってるからね」
「ちっげーよ! 家で働いてんだよ!」
いいように言い換えたなこいつ。
「だから、奥手だったお前が、幻視をうまいこと使って意中の相手に接触したことに、なかなか俺はショックを受けている」
「ちがっ……僕はそういうつもりで助けたわけじゃ――」
「というわけで、心に深い傷を負った俺は今日の営業を終了しまーす。おつかれさーん」
また明日な。と一方的に言葉が投げかけられて、通話は切れた。
相変わらずマイペースなやつ……。
スマホをクッションに放り出して、自分の体はベッドに投げ出す。
今日はとても濃い一日だった。いつもよりも疲労感がある。体の疲れが、 ベッドにじんわりと広がっていくようだ。
『もしかして、未来が視えてたりする?』
四季宮さんの問いかけを、僕は「まさか、そんなことあるわけないよ」とか適当なことを言って、誤魔化した。
不思議と焦りはなかった。
もしかしたらそれは、四季宮さんが自遊病という秘密を、僕に見せてくれていたからかもしれなかった。
あるいは――
「ばからしい……」
御影の言葉が脳裏を過って、僕は吐息と共に呟いた。
確かに彼女の笑い声は好きだ。とても好きだ。
だからといって、それを恋愛感情と結びつけるのは短絡的だ。
LIKEとLOVEの違いなんて、今時小学生だって知っている。
それに何より。
「好きだったからって、何がどうなるわけでもないんだしさ……」
僕は布団に身を預けたまま目を閉じた。
ぴこんとスマホが一つ震えて、画面が光る。
僕はそれに気づくことなく、眠り続けた。
四季宮茜からの初めてのメッセージを読んだのは、翌朝になってからのことだった。
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