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それから四季宮さんは、着替えに着替えて、着替えまくった。
僕はと言えば、批評に批評を重ね、たくさんの意見を出した。
実は女性の服装に関しては、御影のお陰で結構勉強をしていた。
御影が依頼された女性キャラのイラストには服装の指定がないこともあり、そのたびに僕に服装について色々と意見を求められていたのだ。
最初は客観的な意見が欲しいから、という話だったのだが、段々と僕に知識がついてきてからは、もっぱら全部任せられていた。
そういうこともあって、僕たちは段々と変なテンションになりながら、ファッションショーを続けた。
「これならどうだ!」
「デニムスカートに黒パーカーですか……。キャップを被ったことで、ボーイッシュで快活な印象を受けますね。少々だぼついたパーカーも、ほどよく体のラインを隠していて素晴らしいです。だけど少々色味が黒すぎますね。指し色を入れるか、キャップの色を変えるべきでしょう」
「こ、これならどうだ!」
「オーバーサイズのニットはだらしない印象をうけます。折角スタイルがいいのにもったいないです。大き目のを着るなら、せめて色味を抑えてください」
「だったらこれだ!」
「なんですかその色、なめてるんですか⁉ いったいどこに着ていく用の服なんですか!」
「真崎君ちょっとキャラ変わってない⁉」
――そして、二時間後。
「じゃ、じゃあこれならどう?」
「……っ! これは……」
白いショートパンツに、浅葱色の袖なしシャツ……!
黒いリボンが巻かれたストローハットのおかげで、小柄な顔や体形が存分に生かされている……!
間違いなく今日一番の取り合わせ!
しかし……っ!
「…………な、なんか……ダメです」
「……いきなり指摘がおおざっぱになったんだけど、なんで?」
「それは……」
とても刺激的だからです。
それはもう、目のやり場に困るくらいに。
「ねー、なんでなんで? この服はどうなんですか、真崎せんせー」
「あ、ちょ、ちか、近い……です……」
ハイテンションを支えていたアドレナリンでも切れたのか、近づいてくる四季宮さんを直視することができなかった。
必死に目をそらす僕を見て、四季宮さんが小首をかしげる。
「もしかして、照れてる?」
「……………………はい」
喉から漏れたのは、蚊の鳴くような声だった。
さっきまでの威勢のよさはどこにいったんだよ、僕……。
「ふーん。なるほどなるほどー」
姿鏡の前に立ち、くるりと一回転。
「これは可愛いってことか」
「……はい」
「えへへ、やった」
四季宮さんは噛み締めるように笑うと、
「写真撮っとこーっと」
そう言って、パシャパシャとスマホで撮り始める四季宮さん。
鏡に向かってうきうきとポーズを取る姿は、とても可愛らしかった。
やがて数十枚と写真を撮り終えた後、
「あとで真崎君にも送ってあげるね」
「そ、それは……」
きっと四季宮さんにとっては、他意のないセリフなのだろう。
だけど僕にとっては、あまりにも魅力的な提案だった。
それなのに、気持ちに反して僕の口は素直には動かない。
結果、出来かけの不格好な言葉たちが、口からフライングして飛び出していく。
「い、いら……いり……」
もちろん、欲しい。
欲しいけれど、それを言うのはひどく気恥しかった。
自撮りが欲しいと本人に向かって言うなんて、それじゃまるで「あなたのことが気になっています!」と言っているようなものじゃないか。
そんなことをうだうだと考えているうちに、四季宮さんはそのきれいな眉をハの字に下げて、言った。
「あー、でもやっぱり駄目だね」
「え……?」
「さすがに恥ずかしいかも」
その言い方で、察する。
恥ずかしいというのは、きっと格好のことではなく……手足についた、傷痕のことなのだろう。
そんなこと、僕は微塵も思いはしないのに。
「よっし。じゃあ元の服に着替えてくるね。はー、楽しかった!」
僕が言葉を挟む暇もなく、ぱたむ、と扉がしまる音がして、四季宮さんはクローゼットの中に消えていった。
残された静寂が、僕の胸の内をちくちくと刺す。
「素直に欲しいって言えばよかったな……」
最後に見せた困ったような笑顔を思い出しながら、つぶやく。
そうだよ、恥も外聞もかき捨てて、素直に「下さい」とお願いすればよかったんだ。
そしたら四季宮さんに、あんな表情をさせずにすんだのに……。
自分の優柔不断さに、心底嫌気がさす。
四季宮さんが着替え終わるのを待っていると、こんこんと扉を叩く音がして、次いで四季宮さんのお母さんの声がした。
「入りますね」
お母さんが手に持ったお盆には、ティーカップとお菓子が乗っていた。
さっきの手の傷のことを思い出して、僕はあわてて立ち上がる。
「あ、あの、持ちます」
「いいんです、いいんです。左手で持ってますので。優しいんですね、藤堂さんは」
「い、いえ、そんな……」
四季宮さんのお母さんは、きょろきょろと部屋の中を見渡した。
「あら、茜はどこへ?」
「あ……今、クローゼットの中で着替えてます」
「お着替えを? どうして?」
テーブルの上にお茶とお菓子を並べながら、お母さんが問う。
当然の質問だった。
「えーっと……なんていうか、ファッションショー? みたいなのをしてまして……」
なんて説明に困る遊びをしてたんだ、僕たちは……。
そんな僕の心境を知ってか知らずか、四季宮さんのお母さんは困ったように眉じりを下げた。
「ごめんなさいね、変な遊びに付き合わせちゃって。きっと藤堂さんが優しいから、甘えちゃってるんだと思います。嫌ならはっきり、言ってやってくださいね」
「と、とんでもないです」
なんならノリノリで意見してました、とは言えなかった。
お菓子のセッティングを終えたお母さんは、ちらりとクローゼットの方に目線をやった。
「あっれー? 最初に着てた服、どこやったっけ?」という声が聞こえる。まだ四季宮さんが戻ってくる気配はない。
それを見越してか、お母さんは僕の方に身を寄せて、
「あの、こんなことをお願いするのもどうかとは思うんですが……」
僕の耳元でそっとささやいた。
右手に巻いた包帯の下から、薬用品のにおいがした。
「できればあの子と、これからも仲良くしてあげて下さい」
「え、えーっと……こちらこそ……?」
言葉の真意が分からず、たどたどしく返した僕を見て、お母さんは寂しそうに笑った。
なぜか少し――疲れたような笑顔だった。
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