甘さと苦さ

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2、3年前、私は途中採用で、正社員ではないにしろ、仕事に必死だった。 就職した会社が倒産して、生きていくことの厳しさを身を持って感じた後で、なんとかこの世の中で自分の生活基盤を作ることに精一杯だった。 加藤さんは、私より5歳ほど年上の係長で、私の頑張りを認めてくれていた。 すぐ普段、気軽に話をする仲になって、スタッフ全員が参加するパーティーで二人で話す機会があり、ぐっと親しくなった。 スマートに仕事をする彼に、恋をしていた。 正式にお付き合い開始、というのはないまま、なんとなく大人の関係になった。それでいいと思っていたし、自然にカップルになっていくのだとおもっていた。実際、それから一年ほど普通に付き合っていた。 でも最後はあっけなかった。 大きな案件で加藤さんが忙しくなって、それなりに残業をしている私ともすれ違いが多くなった。 加藤さんが時間を空けたのに、私の残業で会えなかった時に「どうせ派遣だろ」と言われて、急に心の距離が空いてしまった。 今思えば、タイミングが悪いというのは、このことだと思う。 二十代後半になって、同じように仕事をする女の子たちが「お金持ちと結婚したらすぐ辞めたい」と言っていたり、「彼氏の年収がいくらだと辞められない」とか、言っているのが、あの頃すごく嫌だった。 子供のころから、優等生で、なにかちゃんとした仕事に就くのだと思っていた。大人になって、私は特別ではなくって、どこにでもいる人間だと気がついたけど、それでも自分の力で生きていけるだけの仕事はしたいと思っていた。 優良株を探して、結婚するまで適当に仕事して、「お嫁さん」になるというのは、私ではない、というプライドがまだどこかにあったんだと思う。 女の子にはそういうことが求められる田舎で育ったから、余計に。 大きな喧嘩になったわけではなくって、私がそのまま仕事を優先させて、お互いの忙しさに会う回数が極端に減った。 私の仕事はどうでもいいと思っているなんて、誤解だと彼に言ってほしかったのに、私は怖くて向き合うことができなかった。 始めに「付き合ってください」がなかったのだから、会う機会が減ると、私たちの関係は何なのかわからなくなっていった。 そんなあいまいな状態の時、加藤さんが専務の娘さんを紹介された、と会社のうわさで聞いた。 ほんとに、何もなかったように、フェイドアウトしちゃうんだな、それならそれでいいと強がっていたら、最後は「葵は一人で生きていけそうだよな」と言われた。 専務のお嬢さんは、守らないと生きていけないタイプだったのかもしれない。 気が強くって、勘違いのプライドばかり高くって、かわいげのない私は、本当に一人で生きていけるようになろう、と思った。 それから、まるで何事もないように同僚としてすごして、ほかの色々なタイミングもあって、会社を辞めて地元に戻った。 ずいぶん前のことのように感じるけど、思い出すとまだかなり苦い思い出だ。
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