甘さと苦さ

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夕ご飯を頂いた後、お礼に食器を洗うのを手伝った。 その間に、徹君はお風呂の準備をしてくれて、コンビニに行って、後で食べようとアイスや私の歯ブラシを買ってきてくれた。 食器を洗って、手を拭いていると、帰ってきた徹君がアイスクリームを冷蔵庫に入れて「部屋案内しようか?」と私の手を取る。 お家の中を見せてくれるらしい。 リビングの隣すぐのドアが寝室で、シングルベットに濃い紺色のシーツがかかっている。そこもあまり物がなくって、シンプルだった。 もう一つの部屋は仕事のお部屋で、しっかりとしたデスクの上にパソコンと液晶が二台あった。本棚には写真集や建築系の本がずらっと並んでいる。 壁際にくっつけてあるテーブルの上に、家や、オフィスのような建築物の模型がいくつか置いてある。 「これ、徹君が作ったの?」 「ん。前の事務所でやった仕事のやつもあるけど。気に入ってるのだけ、まだ持ってる」 小さい家の模型は、車や植木までちゃんとあったりして、かわいらしい。 「これ、前の事務所で初期段階で関わったやつだけど、今度、賞もらって俺も授賞式に行ってくる」 少し大きめの変わった形の建築物を指さす。 「美術館ね。これは、俺がかかわってた段階の初期のモデルだから、実際できたのは微妙に違うんだけど。去年、建ったよ」 「すごいね」 びっくりする。とてもモダンだけどナチュラルなデザインだ。 「授賞式っていっても、小さいやつだけど。お世話になった先輩が独立するから、その送別会かねて、呼んでくれるらしいんだよね。俺はほんとに初期だけしかかかわっていないんだけど」 こういう大きなプロジェクトは、何年もかかるから、途中で抜けることになることもあるのだろう。 「徹君、お家とか、小さいお店建てるのが専門だと思ってた」 田舎ではそういう仕事が多いとおもったし。 「ん、そうだね。最近は、そういうのが多いかな」 賞を受けるようなプロジェクトを取る都会の会社から、地域に密着した事務所へ入って、どう思っているのか少し気になって、徹君の顔をうかがう。 それを察するように、ゆっくりと 「俺の仕事はさ、プロジェクトの大きさは違っても、面白いところは同じなんだよね。何かしら条件があって、その中で、できる限り最高の物を作るの」 と言った。 「条件?」 「そう。予算とか、面積とか、傾斜とか。どのプロジェクトも無条件に予算があるわけじゃないし、風土とか条件は必ずあるから。時間的な制限とかも。で、その中で、クライアントの希望をきいて、どうにかできるだけ、できる限り、いいものをつくる」 「うん」 言われたことをゆっくり考える。 「その、どうにかこうにかって、あがくところが俺の仕事。ま、ほかの仕事も同じようなものだと思うけど」 いろんな制約の中で、一番の形をめざしてる。 私もそんな感じなんだろうなぁ。 すとんと納得した。 世の中、みんな、いろんな条件の下で最高を目指して頑張っている。
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