4805人が本棚に入れています
本棚に追加
/312ページ
あの頃、この人が、そこまで考えていたとは知らなかった。
ただ、私の仕事や、私の社会人としての価値があまり高くないと言われた様に思って、酷く傷ついていた。
そしてちゃんとした別れもなく、他の人と交際を始めたと知って、私の大事にしていた恋がまるで私の独りよがりの幻想で、元々何にも無かった事になったようで、ただ苦しかった。
ここは会社なのに、泣きそうになる。
涙を吹き飛ばしてしまうように、深く息を吐いた。
「そうでしたか。私、変にプライドが高いから、一番近くにいたはずの加藤さんに人として認められてないと思って、たくさん泣きました」
正直に、あの時言えなかった事を口にだした。
私はこの人の前では泣かなかった。
今さら実は泣いたなんて、少し意地悪な事を言ってやる。
加藤さんが、困った顔をした。
そして、「それは、違います」と加藤さんがゆっくり、はっきり諭すように言う。
「認めてたし、頑張ってるって、思ってたよ」
「そうですか」
「最後もはっきりさせるのが怖くって、グダグダになっちゃって」と耳をかいた。
「情けないと思ってるし、佐藤さんが仕事辞めることになって、申し訳無かった」
頭を下げられた。
失恋してすぐに、引っ越しした訳ではないので、充分に時間を置いたと思ったけれど、自分のせいだと思っているのか。
「いえ、仕事を辞めたのは、加藤さんのせいとかじゃありませんよ。自分のタイミングです」
確かに大きなきっかけになったけど、追い出された訳ではない。
だけど、これだけ謝られると、もしかして、加藤さんが私を切らないで次の仕事をくれるのは罪滅ぼし的な事なのだろうかと思えてくる。
言葉の裏を探るように加藤さんを見ても、わからない。
急に心がまた沈んで行った。
先程までこれまでの仕事が認められたと思っていたのに、別の理由で仕事をもらうことになったのだろうか。
同情とかそういう事だったら、要らないと蹴って帰ればいいのだろうけど、実際、そうもいかない。もらえる仕事はどういう事情であれ、もらう覚悟で来た。
テーブルの下でぎゅっと手を握った。
「本当にお気になさらないで下さい」
こちらも頭を下げた。
「ん。気まずい思いさせて、悪いけど、一度ちゃんと謝っておきたくて」
「いえ。終わった事ですけど、お気持ちが聞けて良かったです。……それに、お仕事、継続していただけるの、有り難く思っています。今後も宜しくお願いします」
最初のコメントを投稿しよう!