仰ぐ陽

5/16

4802人が本棚に入れています
本棚に追加
/312ページ
約束した日曜日、徹君は車で迎えに来ると、「これから行くの、仕事先なんだけど、いい?」とすこし山間の道をドライブして行く。 渓流にかかる橋を渡る。周辺の山がすでに色づいている。 地元は、本当に美しいところだと思う。季節ごとに山や森は色を変える。何回見ても美しいと思う。 近隣だけども、私はあまり来たことのない町の小さな駅に車を停める。 私が高校生のころ使っていた路線をずっと行ったところだ。 「降りるの?」 「うん。着きました」 車を降りると、まだ外はすこし暖かかったけど、日陰は寒くて、秋のにおいがした。 小さな駅は、古びているけど、一応無人駅ではなく駅員さんがいる。 山寺と渓流への道案内とイベントのポスターが貼ってあるので、そこへの観光客の利用が多いようだ。 駅の裏手は渓流で、反対側の山の斜面の紅葉が駅からきれいに見える。 徹君は仕事用のタブレット片手に、背筋を伸ばして、駅を見つめている。 仕事だと言っていたから、そのせいかもしれないけど、なんだか気合が入っているようで、キラキラしている気がする。 そんな姿に目を引き付けられる。 徹君が急に振り返って「行こうか。こっち」と駅に入っていく。 「すみません。林さん、ちょっとまた、いいですか?」 駅員窓口に声をかけて、反対側のホームを指さす。 「ええ、良いですよ。まだ電車来ませんから。」 一人だけの駅員さんが徹君に返事をする。 知り合いらしい林さんと呼ばれた駅員さんに会釈して、徹君に続いて、ホームを歩いて、線路を渡る。 渡った奥のホームからは下の渓流が見えた。 徹君はホームの一番奥にあるベンチまで歩いていくと、駅舎を望むように座ると、ぽんぽんと隣に座るように合図した。 私が隣に座ると、徹君が駅舎をみながら、「今、やってるの、あれなんだ」と仕事の話をし始める。
/312ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4802人が本棚に入れています
本棚に追加