仰ぐ陽

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普段は、徹君は住宅のデザインをしているので、個人情報もあるから、仕事の内容を私に話すことはめったにない。 「ここ、建て替えになるんだけど、そのデザインのコンペに出ることになってて、今、忙しい」 タブレットを開いて、デザイン画を見せてくれる。 和風の瓦屋根に倉を思わせる白壁と木の組み合わせがモダンな建物のスケッチだった。 内部スケッチでは、屋根に大きなガラスのラインが緩いアーチ状に入って、そこから日が差し込むデザインになっているのがわかる。 とても素敵なデザインだと思う。 「素敵だね」というと、ふわりと徹君が笑う。 仕事先に行くと言っていたけど、景色は素晴らしいし、忙しい中、仕事に絡めてでも一緒に過ごせる時間を作ってくれたのが、とてもうれしい。 徹君はすこし体をこちらに向けて、真剣な様子で続けた。 「これ、コンペだから、五社くらい出るし、取れるかどうかは、分からない。で、選ばれても、そこから細部を調整したりして、できるのは2、3年後くらいの予定のプロジェクトなんだけど」 「うん」 「前にも言ったけど、俺、住宅の仕事も、こういう公共施設も、頼まれたら、同じ気持ちでやってる。でも、これコンペだから、自分の好きなことを多めに形にしてる」 「好きなこと?」 「ここのさ、天窓、一日中太陽がなるべく入るように、この場所の方角で太陽が通る場所をなぞってる。ずっと太陽を見てられるように」 指さしてくれた設計図によると、確かに天窓は天井をまっすぐではなくて、すこし曲線を描いて斜めに走っている。大工さんにはややこしいデザインだと思うけど、その角度のせいで、見た目がぐっとモダンな印象になっている。 うん、うんと設計図を眺める私に、くすっと、いたずらするみたい笑うと徹君が続けた。 「葵。これが俺の好きなことだよ」 え?と顔を上げると、徹くんが真剣な顔でこっちを見ている。 「葵。葵は名前の通り、一生懸命、太陽のほうを見て、生きてると思う。それで、そういう葵自身が太陽みたいに眩しい」 急に私の話になったので、驚いて徹君を見つめる。 私の名前、葵の花が太陽を仰ぐ花だという事を調べてくれたようだ。 私はそんなに良いものではないと思うけど、徹君がそう思ってくれるのは嬉しい。 頑張って生きているのは、本当。私は、それしか取り柄がない。 「俺、葵がそうやって生きて行くのの、隣にずっと居たいと思ってる」 徹君が私の手をそっと握った。 その手がいつもより温かく、すこし緊張しているようだ。 私は緊張どころか、息が止まりそうになった。 徹君の手がきゅっと私の手を握る。 「葵、俺と結婚してください」
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