仰ぐ陽

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2週間後、その駅舎のデザインコンペは開催された。 「多分どっちにしろそのまま市内で飲み会になるから、遅くなるけど、会える?」 朝、コンペの前に連絡が来たので、私が車で迎えに行く約束をする。 徹君はなるべく通常勤務に支障がないようにと、かなり自分の時間を割いて、このコンペをこなすように、頑張っていた。 契約が取れても、取れなくても、私はお疲れ様を言いたかった。 そわそわと一日過ごす。 午後からは塾の仕事があるので、ずっと電話を待っているわけにはいかない。 小学生の授業が終わって、携帯をチェックすると二十分前に着信があった。 休憩時間に慌てて折り返す。 駄目だった時、私の中に気の利いた言葉はあるのか?と言われると自信がなかったけど、それを考える前に折り返していた。 「徹君?」 「ごめん、さっき仕事中だった?」と聞く声が心もち明るい。 「うん。今休憩中」 コンペのことだろうと思うけど、それを私から聞いていいのかわからない。 「葵。コンペ、取ったよ」 楽しそうな声で徹君が簡潔に言った。 「そう。おめでとう。おめでとう」 決まったら、私は飛び上がるように喜ぶのだろうと思ったのに、私は徹君のうれしそうな声を聴いたら、逆にぐっと胸が詰まって、おめでとう、しか言えなかった。 私はなにも頑張っていないけど、目が熱い。 「すごいね。本当におめでとう」と天井を見上げていった。 ありがとうございます。 なにかに感謝する。 「葵。……愛してる」 低い声で言われて、心臓が跳ねる。耳が一気に紅く染まる気がする。 電話の後ろでガヤガヤと声がするので、事務所か、移動中のようだ。 「うん。私も」 人ごみにいるのは徹君で、私は空いた教室の片隅にいるだけなのだけど、急に恥ずかしくなる。 「ちゃんと言ってくれないわけ?俺、結構頑張ったと思うんだけど」 「今どこ?」 「移動中。路上」 「そうか。道ね……。はい、……愛しています」 気合を入れて言葉にする。あぁ、顔に全身の血液が上がっていった。 「はぁ……やばい。後で、もう一回言って」楽しそうに電話口で笑っている。 次のクラスが教室に入って来たので、慌てて徹君に 「仕事!後で場所とか、連絡してください。迎えに行きます」 と、さっと電話を切って、なんとなく髪の毛を直した。
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