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しばらく手を洗ったり、時間稼ぎをしてから、お手洗いを後にする。
もう店内にあの声の持ち主はいないだろう。
トイレにかくれている間、万引だと勝手に誤解されぬように近くの棚に置き去りにした参考書を拾い上げ、レジへ向かう。
その途中もあの声を探して他の客の会話に耳をそばだて、書店の棚の間を気にしている自分がいた。
もう帰ったよね。
ちょっと顔が見たかった気もするけど。
雑誌のコーナー付近に立つ男の人が気になって視線を向けた、その時。
「あ、すみません」
逆方向の通路から出てきた男性にぶつかりそうになった。
「あ、いえ、すみません」
上から降ってきた声に全身が固まる。胸の奥が痛い。
顔を上げると、背の高い男の人が目の前に立っていた。
十年以上会っていないけど、なんとなく面影があるような気がする。でも顔をまともに見られない。
「樹くん?」
恐る恐る尋ねると、目の前の彼は少し戸惑ったようだった。
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