挨拶

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家の話から、私の仕事の話になったとおもったら、話題は徹君のお仕事の話に移っていく。 「岡田さんの所は、いろいろやっているそうだね。国道のとこの新しい服屋も岡田さんの所の設計じゃなかったか?」と父が話を振る。 「あ、はい。あれは、僕は担当してなくて、叔父が去年、チームの子と担当してましたね」 「徹君は、そこからもうちょっと行ったとこのカフェ、やったんだよね?」と前に一緒に行った素敵なカフェの話をする。 「ん、そう。たまにそういう商業施設もやりますけど、叔父の事務所は大半は個人の住宅が主ですね」 そうか、そうか、と父も母も感心している。 徹君が少し姿勢を正した。 「あの、今日、挨拶させてもらうということで、見せたいと思って持ってきたデザインがあるんです」 そういうと、背広の内ポケットから印刷された駅舎のデザインを広げてみせた。 「境田町の駅舎が再来年改築なんですけど、そのコンペ用に僕が作ったデザインです」と徹君が説明すると、父は改築工事の件を知っているようで、「あぁ。そうだったね」とうなずいた。 「この徹君のデザインで決まったんだよ」と私が付け足した。 「え?そうなの?すごいじゃない」 印刷されたデザインを見ながら、母が感嘆した。 「あら。ここ、葵って、どうしたの?」と母がデザインタイトルに気が付いて、指さしている。 「その屋根の長い天窓は、太陽の動きにそって設計されていて。まぁ、年間のずれはあるので、春分、秋分に合わせているんですけど。山間の駅舎に、一日中日が差し込むようになっているんです」 「はぁ、そういうことか。仰ぐ陽、ね」 父が、納得した、というように少し頷きながらデザインを見ている。 「まぁ、そうなの。すごいわね。ずっと太陽を仰ぐって、葵の名前と一緒なのねぇ」 母は片手を頬に当てて、ほれぼれして徹君を見ている。 「葵さんや、葵さんの名前からイメージを膨らませて、デザインしたものです」と徹君が言い切った。 父がしっかり徹君を見つめている。 徹君が大事なことを言おうとしているのは、伝わったようだ。 徹君から、緊張が伝わってくる。 徹君が、しずかに姿勢を正して、父を見つめた。 私も隣で正座をただす。 雰囲気を察した母まで姿勢を正している。
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