外車の男と真珠の女

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お兄さんに俺の服を出してきた葵がキッチンに戻ってくる。 「ごめんね。びっくりした? 大ちゃん、寝起きが悪いのはいつもだけど、今日は機嫌もちょっと悪いみたい」 「ん、あ、そう。俺が誰ですか、なんて、いきなり聞いたし?」 「いや、昨日からご機嫌斜め。ま、気にしないで。コーヒー、出すね」 棚からマグを取ろうと少しだけ背伸びするスリッパの後ろ姿が可愛い。 マグにコーヒーを入れて、渡してくれる。 結局、お兄さんだったとはいえ、さっきまでの、もしかしたら、という焦りが綺麗サッパリ頭の中から無くなる訳ではない。 葵を腕の中に入れて、隠してしまいたい。 受け取ったマグを一旦テーブルに置いて、こちらを見上げている可愛い人を抱き締める。 「どうしたの? 徹君?」と腕の中で葵がモゴモゴいっている。 外に止まった高級外車を思い出し、「アレは焦る」とバカな男の本音を聞こえない程度に吐き出して、葵に「一日頑張る元気ください」と茶化してハグをする。 クスクスと笑うと、ぎゅーと俺に抱きつく。 「元気、出た?」 俺が力いっぱい抱きしめたら葵を折ってしまいそうだと思うのに、これが葵の力いっぱいのハグらしい。 「出た」 葵のおでこにキスをする。 「いい度胸してんね、トオルクン」 振り返ると俺のスウェットパンツを履いた、お兄さんがキッチンのドアに立っている。 「朝から、お兄さんの前でいちゃつく?」 「あ。すみません」 と、葵を抱きしめてた腕を解く。え、寝てただろ? というのは言わないでおく。 「良いじゃん。結婚するんだし」 葵がすかさず言い返している。 「じゃ、良いんじゃない」 へらっと笑ったから、誂われたって事だろうか。 よく見れば、葵のお父さんに似ているかもしれないし、葵と同じ、ぱっちりした目をしている。 「葵、俺にもコーヒー、お願い」 と、いうとテーブルに着いた。 挨拶がまだだった。 「すみません、挨拶が遅れました。岡田徹です」 と、こっちから会釈した。 お兄さんは座ったままだけど、体をこちらに向けて「どうも。葵の兄の佐藤大です」と軽く会釈して返してくれた。 「大ちゃん、トースト食べる?」と葵が聞くと、「んー。食べる」とのんびりしている。 俺に興味はないらしい。 トーストをセットしながら葵が「徹君も食べる?」と聞いてくれるけど、もう食べてきた。 「いや、食べてきたし、そろそろ行くわ」 時間を確認して、コーヒーを飲み干す。 「あ、そう?じゃ、後でゆっくり。お仕事終わったら、連絡して。私も仕事の後で連絡するし」 お兄さんは、携帯を見ながら、んじゃ、と片手を上げた。
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