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「網戸、後で持ってきてくれるんで」
そういって、徹君は自分の乗用車でやって来た。
「ありがとう。レモンケーキ焼いたよ。寄って」
居間に上がってもらって、お茶を出す。
紅茶とレモンケーキをトレイに乗せて居間へ運ぶと、徹君は窓際の廊下に立っていた。
背が高くって、古い日本家屋では、窓枠や鴨居で頭を打ちそうに見える。
お茶を用意している間、この間買った網戸を動かして確認していたようだ。
「あ、すみません」
ローテーブルにつくと、ケーキを見て、にっこりした。
「お菓子、よく作るんですか?」
「うん。でも、今は東京で使ってた小さいオーブンレンジなの。キッチンがちゃんとしたらもうちょっと大きいのがほしいんだ。」
本格的なパウンドケーキよりひと周り小さいサイズ。小さいのは一人暮らしには丁度いいけど、ドカンとしたケーキやパン、オーブン料理にチャレンジしたい。
「そうなんだ」と徹君がケーキを食べる。
「お口に合うといいけど」
いや、人の家でお茶に出て、まずいと言える人はいないよな、と思いつつもついつい不安になって聞いてしまった。
お世辞の恐喝しちゃった。
「ん、美味しいです」
お世辞でも、美味しそうに食べてくれるからいい。
自分にもミルクティーを注いで、ケーキを食べる。
「今日、バスルームだけど」と世間話から、今日の本題に移ろうとすると、ちょうど外の砂利道を車が踏む音がした。
「あ、来た」と徹君が立ち上がる。
徹君の会社関連の人だろうから、まず一緒にお茶にしようかと、お茶をそのままテーブルに置きっぱなしにして、徹君に続いて挨拶に玄関へ出た。
網戸を運ぶので、玄関の前に出た徹君の脇に立つと、この間使わしてもらった中型トラックが徹君の黒い車の脇にバックで停まったとこだった。
運転席から出て来た人が徹君に「おう」と声をかけた。
ギュっと心臓が跳ねて、思わず半歩下がって、隣の徹君のTシャツを掴んでしまった。
徹君が一瞬びっくりしたように振り返ったので我に返って、あわてて手を離した。
「こんにちは。久しぶり」
徹君の脇から、軽く頭を下げた。
「葵ちゃん、久しぶり」
徹君のお兄ちゃんの樹君が笑って、立っている。
実際会ったら、徹君の声とは少し違う。
顔も似てると思ったけど、違った。
でも、声も姿も十何年たっても、樹君は樹君だ、とすぐに分かる。
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