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無防備に口を開けた彼女の口元に、自分の本能を掻き立てられた。それが申し訳ない気がして、慌てて冷却シートの用意をする。
ぼんやりと目を綴じた彼女のおでこから前髪を払うと、そっと冷却シートをつけた。
ありがとう、と聞こえるか聞こえないかの声で反応がある。
これで寝てれば大丈夫だろう。
まだ時間は大丈夫なのを確認すると、少し、葵さんの寝顔を見つめる。
兄貴との勘違いでの動揺っぷりと、東京から戻って地元に中古物件を一人で買うという大胆さに興味を持って、近づいた。
そのうち、ただ彼女に惹かれている自分がいる。
冷却シートに少し、前髪が挟まってしまっている。
よけてあげようと、手を伸ばして、挟まった一筋の髪をゆっくり引き出す。
すると、葵さんは目を綴じたまま、俺の手を掴んでぎゅと握った。
「前髪、挟まってた」と言い訳がましく説明すると、聞こえてないのか、そのまま俺の腕をグッと引き寄せた。
え。
マズイ。
妙な体勢で腕をとられて、右手は葵さんの胸元でガッチリ、ホールドされている。
左手で身体を支えているものの、気をつけないとそのまま押しつぶしてしまいそうだ。
葵さんの少し荒い呼吸が近い。
風邪で朦朧としているだけだと分かるのに、こっちまで体温が上がった。
そのまま寝てしまっているようなので、起こさないようにゆっくり身体を起こして、掴まれている右腕をすこしほどいた。
力は入っていないからすぐに手まで離してしまえるのだけど、もう少し、と手だけは軽くつないだままにする。
小ぶりな手が熱を持っている。
少し苦しげに眉を寄せていたけど、しばらくして深い眠りについたのか落ち着いた呼吸になったので、そっと部屋を抜け、買ってきた食べ物を冷蔵庫に片付けると、残りの薬を目に付きやすいようにテーブルの上に置いた。
逃げるように玄関を出る。
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