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参った。
車に戻って、運転席のシートに深く沈み込んで息を吐く。
一昨日、川辺で田口先輩に絡まれているのを見て、気が気じゃなかった。
帰り際、子供っぽく嫉妬して、少し意地が悪い言い方をしてしまったと反省して、もう少し大人になろうと思ったばっかりなのに。
腕を抱きしめられ、手を繋ぎ合わせた位で、ガキっぽく動揺している。
無防備なのを良い事に、軽く手を出しそうになった。
認めざるを得ないほど、惹かれている。
はぁーっ。
葵さんの一軒家を車の窓から見上げて、息を吐く。
この家の修繕に力を貸し始めてしまった。
勘違いで行動して、もし、関係がうまく行かなかったら、気まずい思い出をこの家が抱える事になりかねない。
マンションなら引っ越しすれば済むけれど、家はそう簡単に引っ越せない。
そう思うと足踏みする。
始めから、下手したな、と思う。
女性として付き合いたかったら、クライアントみたいな立場にするべきではなかったのに。
単なる古民家への興味で申し出た手伝いも、今じゃ、それを使ってでも、彼女の特別になりたい、という邪な気持ちになりかけている。
はぁ、ともう一度ため息をついて、気持ちを吐き出すと、片桐さんに薬を届けたと連絡する。
片桐さんにコンビニで会って、薬を届けたのが俺で良かった。
最近、よく一緒にいて、少し特別だとか思っていたけど、葵さんは他の男とも距離が近い。
色目を遣うとか、色っぽい格好をしているわけじゃなく、ただ自然に距離が近い。
片桐さんは同級生で、結婚してて、お互いになんとも思ってないだろう。
葵さんは、風邪で困ったら、片桐さんに気兼ねせずお願いができる。
ただ偶然、通りかかったから。
彼女は気軽に色んな人に頼っているようで、逆に、誰にも特別に頼っていないのかもしれない。
仲良くしているつもりの俺もそんな一人なのかもしれない。
それでも、パジャマ姿の葵さんを思い出すと、他の奴には見せたくないと思う。一人よがりの独占欲に、馬鹿らしくて笑えてきた。
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