アンドリュー

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あー。来た。 こういうのははじめからハッキリしておくのが良いのかも知れない。 『今はいない、けど』と言いかけて、先週、徹君に会ったときの事が頭をよぎる。 先週、会合という名の飲み会に出席していた父から、塾の仕事終わりに家まで乗せてくれないかと頼まれて、町の小さなスナックのそばに車を停めて待っていると、反対側の居酒屋から徹君らしき人が他の男性数人と出てきた。 街頭に目を凝らすと、やっぱり徹君だった。 こないだの薬のお礼はメールで言ってあったけど、直接お礼を言おうと、車を降りて軽く手をふるとグループから離れてこちらへ来てくれた。 「仕事終わりですか?」と少しだけ首をかしげて夜風を避けるように腕を組んだ。 「うん。父を連れて帰るの」 スナックを指差して、徹君に向き直る。 「徹君は?」 徹君は軽くグループを振り返りながら、地区の会合で飲み会だったと言った。 一人暮らしの若者はそういうのを避けそうだけど、やはりお父さんが地元で会社を持っているとなると、地元のそういう集まりにも駆り出されるらしい。 「もうすぐお祭りなんで」 「あぁ、そっか。いいね」 「風邪、もういいですか?」 しっかり目を見て、切り出されて、少しだけドキッとした。 「あ、うん。ご迷惑おかけしました」 ペコリと頭をさげてお礼を言った。 あの時は、すっぴんで、髪はぼさぼさ、声はガラガラ。 かなりひどかった、と思うと顔が見れない。 「ん。また何か困ったら、俺に連絡してください」 「本当、スミマセン」 助けてもらってばっかりで、恐縮する。 目の前の徹君は、チノパンにTシャツ、アウターを引っ掛けているカジュアルな感じで、とても似合っているけど、そういうば、あの時はスーツだったな、スーツ姿もちゃんと見たかったな、と急に思い出して 「徹君、こないだスーツだったよね?」 と話を変えようと口に出す。 「あ、お客さんによって、たまに着るんです」 一瞬、下を向いたと思ったら、 「葵さんはパジャマでしたね」 と、からかうように付け足した。 「っえ。うん」 相当ヒドイ格好だったはず。 「見苦しいとこ、お見せしました」 焦って頭をかいた。
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