アンドリュー

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 そんな先週の出来事を思い返して曖昧に濁して、言い淀んでいると、『で? けど?』とアンドリューに詰めよられる。 『彼氏はいない』とリピートしても逃してはくれない。 『彼氏はいないけど? 彼氏じゃない人はいるってこと?』 それじゃまるでセフレがいるとも聞こえなくはない。 『違うよ、気になる人はいるってこと』 慌てて訂正する。 『なんだ。そう』 アンドリューが楽しそうに笑う。 『じゃ、アンドリューは?付き合っている人、いるの?』 言葉を選んで質問する。 『僕もいないね』 踏み込んでいいものか。 会ったばかりだけど、ここまで随分距離は縮まっている。私の勘はあっているかしら。 タブーではないけど、センシティブ。 こういう場面はいくらでもある。 『そう。気になるは?』 アンドリューはじっと私の目を見ると、私の気持ちを察するように、続ける。 『誰もいないね。一年前にと別れてから、さっぱり』 答えをくれた。 『そう』 微妙な緊張が溶けて、『全く? ワンナイトとかもなく?』と茶化すと、『ノーコメント!』とアンドリューも笑った。 それだけで恋愛話は切り上げて、地元のあれこれや、私が聞いている限りの今後の彼の仕事の話をしながら帰った。 帰り際、車の中でアンドリューが突然『アオイは、どう思う?』というので向き直ると、少し真剣な表情で、『日本だと、ゲイとかあまり言わない方がいい?』と聞かれた。 『んー、嘘はつかなくても良いけど、あえて言う人は少ないかも。職場は特に。プライベートな事だから。言いたかったら、言ったらいい』 『そう。普通の時は?』 『それは雰囲気。自分で決めていいよ。日本、そういうのに遅れているけど、変わって来ているとは思うから。言っても言わなくても、自由』 『でも、嫌なことがあったら、私に言うこと!』とちょっとふざけて、面倒見のいいお姉さんみたいに付け足した。 まだまだ偏見も多い。 これからの生活で、嫌なことがあって、日本を嫌いにならないでほしい。 ありがとう、と微笑むアンドリューは可愛らしくって、女子にはモテそうだ。 『いやー、女の子をたくさん泣かせるよね』 私がからかうと、『残念だけど、バイじゃないんだ』とふざけてシンミリしたふりをする。 家まで送って、荷物を下ろすと、アンドリューがハグをして、『アオイのおかげで、楽しくなりそう』と言ってくれた。 『こちらこそ。一年間、よろしくね』 楽しくなりそうだ。
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