夏祭り

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校庭に置かれたビニールプールにたくさんカラフルなヨーヨーが浮かんでいる。 係をしている徹君から、曲がったクリップのような金具がついた紙縒りを受け取って、アンドリューにやり方を説明する。 しゃがみこんで、見本を見せるつもりが、水につけてすぐあっさりと紙縒りが切れてしまった。 「下手!」と徹君に笑われる。 アンドリューも挑戦して、案外上手に黄色の風船を釣り上げた。 「お~、やった!」と樹君たちに見せている。 『アンドリュー、それ、投げて割る水風船じゃなくって、手につけるのね』と説明するまでもなく、リョウ君の見様見真似で、指に輪っかを引っ掛けて、ヨーヨーにしてリョウ君に見せている。 「葵さん、はい」 呼ばれて振り返ると、徹君が私が狙っていた真っ赤なヨーヨーを差し出してくれる。 「え、いいの?」 「おまけ、ね」 嬉しい。 片手に飲みかけのラムネ瓶を持っている私を見て、トオルくんはヨーヨーを持ったまま、「手ぇ出して」という。 プールを挟んだまま、徹君に右手をつきだす。 「中指で良い?」 私の手を取って、徹君が尋ねる。 何でも無い様な口ぶりで、うん。と言ったけど、心拍数が跳ね上がって、喉の奥はキュっとしまっている。顔まで熱い。 徹君の指が私の指に触る。 水に濡れた温かい手。 小さなゴムの輪っかを優しく指に通してくれる。 触れるのは指先だけなのに、おなかまできゅっとする。 一瞬なのに、緊張のせいか何倍も長く感じた。 「ハイ」 「ありがとう」 ヨーヨーを見つめたまま返事をして、はめて貰ったヨーヨーを落とさないように、指をぎゅと閉じて、数回、ヨーヨーをついた。 徹君は悪い人だ。 気が無い子にこんなに優しい事をしているなら、酷く悪い人だ。
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