逢う。

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逢う。

子供の頃からよく利用しているこの辺唯一の大型書店を久しぶりに訪れたら、本の配置ががらっと変わっていた。店内をぐるぐると歩き回ってようやく見つけた参考書類の棚で、これからの仕事に使えそうな参考書を2冊手に取り、買う気もないのに雑誌のコーナーでも覗こうかと再び店内を彷徨いていた。 店内のざわめきの中、隣の通路から男性二人の話し声が聞こえて、その一人の声に心臓が跳ね上がった。 「木曜、仕事ちょっと遠いし、遅かったら先始めてて」 「えぇ、岡田いないと、補欠なしだから終わり次第来いよ」 地元に戻ってきたからには、町で知り合いの一人や二人に出くわす事はあると思っていたし、実際、2日前程にすでに宅配便業者で働く同級生のゆうちゃんには顔を合わせた。 この声。 岡田って呼ばれてた。 耳の裏が熱い。 息がしづらい。 慌てて店内の隅にあったはずの女子トイレへ向かう。 一旦避難とか。 馬鹿か、私は。 30歳の大人の女の行動ではない。 ゆるいニットにジーンズ、スニーカーの普段着で、財布、携帯だけマイバック代わりのトートバックに入れた、ほぼ手ぶら状態で来ているので、メイクを直す道具もない。 元々メイク自体、お愛想程度。 今は、無理。 それ以前にあの人は、私を覚えているのだろうか。
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