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西野桜子
賢祐が執筆開始してから1週間ほど。その間に桜が散りコートが要らなくなったが私たちは何も変わらない穏やかな生活をしていた。少なくとも私はそう思っていたんだ。
書き始めると寝不足になりがちだから送迎はいらない、と言う私。いや、この日課があるから食べて寝て外に出る、というリズムが出来ていいんだ、と言い張る賢祐。執筆中に幾度となく繰り返すやり取りも今までと何も変わらず安心していた。
喫茶店での日常も特に変化はなく、唯一変わったのは私を‘桜子’と呼ぶ人が出来たことだ。その竹野内さんも年度末、年度始めでご多忙らしく、あれから2回珈琲を飲みに来られて帰りに小さく
「ありがとう、桜子。旨かった」
そう言って帰られた以外ほとんど話もしないが彼の‘桜子’はとても耳に心地よいものだ。
閉店時間になり店の奥でエプロンを取りスマホを見ると
‘気分転換に今から料理をする。迎えに行けない。気をつけて帰って来て’
と1時間前に賢祐からメッセージが入っている。了解と返信したが、きっと見ていないだろう。こういう時、彼は無心で何かを作っているはずだ。
夕飯何かしらと考えながら歩き慣れた道を歩き、マンションに到着直前
「桜さん」
聞いたことのない声に呼び止められた。
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