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罪悪の庭
水が飛び散るほど、派手に顔を洗った。時代錯誤の着物が若干濡れてしまったが、正直どうでもいいとしか思えない。鏡の中の私は、昨日よりさらに酷い顔をしていると思う。まだ四十代のはずなのに、皺も白髪も増え、まるで老婆にでもなってしまったかのようだ。
死にたいと思うほどに、疲れてきっている。自分でもそれがわかっている。でも、私はけして逃げることなど許されない。どれほど大変でも、辛くても、自分はこの屋敷に雇われた使用人。仕事から逃げることなど許されない。そもそも命があったところで、この村の外の世界に居場所などないのだ。
自分達は、生まれついて人間ではない。
この村の大家様の使用人は、皆当たり前のようにそういう扱いである。それでも表向きは奴隷のようにこき使われるでもなく、殴られるでもなく、罵倒されるようなこともない。それだけで恵まれているはずだった。よその村では、満足にご飯を食べさせてもらえないような使用人も少なくないと聞くのだから。
「加代子さん、まだ支度はできないのですか?」
「!」
部屋の奥から聞こえてくる、冷え切った声。奥様だ、と私は背筋を冷たくした。
「た、ただいま参ります。申し訳ありません!」
タオルで顔を拭き、慌てて飛び出す私。今日の料理係の使用人が、せっせと膳を並べている。その横で、氷のように冷たい顔(怒っているわけではないだろう、なんせいつもこんな感じで無表情な奥様だ)の着物姿の奥様が佇んでいた。奥様は忙しい人だ。今日のように、朝早くから使用人の仕事ぶりを見に来ることなどそうそうない。まったくツイてない、としか言いようがなかった。
「申し訳ありません、手間取ってしまって……」
「そうですか」
私の言葉に、彼女はいつも通り淡々とそれだけを返してきた。
「貴女は大事なあの子の世話係です。けして、朝食の時間に遅れることのないように。あの子を飢えさせてはいけませんよ。それから……あの子は、貴女との食事を楽しみにしています。その心を蔑にするようなことなどあってはなりません、いいですね?」
「は、はい……」
「よろしい。では、早急に二人分の膳を運ぶように」
怒っているわけでもなく、されど優しく慰めることもない。奥様が嫁がれた十年以上前から彼女のことを知っているが、最初に出逢った時からずっとこの調子だった。村の御三家から嫁いできた、家柄も立派、教養も立派、おまけに素晴らしい美人と来ている彼女。それなのに、こうしていつも使用人たちには最低限のことを淡々と指示するばかり。旦那様と一緒にいてもにこりともしない、楽しそうに笑っているところなど一度も見たことがない。
彼女はこの家に嫁いできて、本当に幸せだったのだろうか。
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