24人が本棚に入れています
本棚に追加
第一話 春の宵(前編)
新年が明けたばかりの冬のある日、執務室で女官達と打ち合わせをしていると、控え目な扉を叩く音が聞こえた。
「陛下、宰相殿がお見えになりました」
扉が細く開き、衛兵からの伝言を受け取ると、女官の一人が私にそう告げる。
「通して良いわ。お茶をお願い」
「かしこまりました。このテーブルの上は」
「このままで」
色々な種類の生地見本が広げられた状態をあえて片付けようとはせず、私はうなずく。程なくして宰相が部屋へと入ってきた。
「女王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう、……ってなんですか、これは」
眉間に寄せられた皺。片方だけ上がった眉。宰相は顔の些細な動きだけで、不審と不快を表現する天才だ。
「なにって、私の治世十周年の式典とその舞踏会のドレス選びです。」
侍女に出された紅茶を飲むと、私は負けずににこりと微笑む。流石に十年も一緒に組んでやっているのだ。これが彼の通常なのはよく分かっている。顔だけ見れば男らしさの中にも繊細な美しさのある、なかなかに良い部類に入ると思うのに、正直もったいない。
「式典……。ああ、春の」
「よもや、まだ先のこととか思ってはいないでしょうね」
最初のコメントを投稿しよう!