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8
土曜日の午前中、私はカフェで田島を待っている。付き合い始めて3ヵ月。窓の外を眺めながら、ぼんやりと今までのことを思い出す。
佐々木は、2週間ほどで同期の輪に戻ってきてくれた。香田と真由はもちろん、田島も、佐々木の気持ちを知っていて、静かに見守っているようだった。王子ぶりは健在で、相変わらず、たくさんの女性社員が佐々木に熱い視線を送っているけれど、今のところ、誰かと進展しているということはないみたい。
「リハビリ中だから。」
と冗談めかして言う佐々木に、
「逆に色々やってそうに聞こえるのは、俺だけ?」
と香田が困惑顔をし、
「そういう意味だろ。」
と答えた田島は、真由に思いっきりはたかれていた。
佐々木が笑い、みんなが笑い、私は暖かい気持ちで胸がいっぱいになる。
母にも、電話でお付き合いしている人がいると伝えた。電話が拾える周波数ギリギリなんじゃないかと思う位、高い声で、おめでとう、よかったね、と繰り返し、お父さんが拗ねちゃうなー、と嬉しそうに言っていた。
「私には無理だと思ってた。」
「無理なわけないよ。」
「私、勝手に一人で拗ねて、へそ曲げてた。お母さん、ずっと応援してくれてたのにごめんね。」
「何言ってるの。百合ちゃんはすごいよ。人と違う境遇なのに、優しくて、素直な女性になって。お母さん、嬉しい。」
「人を好きになる気持ちは大事って、お母さん言ってたでしょ。」
「うん、大事。」
「本当にそうだった。好きになってみるまで分からなかったけど、すごく大切な気持ちだった。」
「でしょう。世界が変わるよね。」
「うん。色づいた。」
「あぁー、いいわねぇ。これからもっと、もっと、楽しいことがいっぱいあるよ。」
「うん。」
「なんでもできるよ、百合ちゃん。」
「うん。」
何故だか涙があふれてきて、電話の向うで母も泣いているようだった。
ずっと、どこかで能力に縛られてた。でも、誰かと本気で向かい合うとき、そんなものは役にも立たないし、あてにもならない。
必要なのは、その人を想う気持ち、自分を想う気持ち。
それは聞こえても、聞こえなくても、確かに存在していて、大切に、大切にしなくてはいけないものなんだ。
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