二枚目

1/1
前へ
/20ページ
次へ

二枚目

蝋梅(ろうばい)の花が満開に咲き乱れる頃、私は、ずっと下をむいていました。甘くて優しい香りのする、あの黄色い花を見上げることができなかったのです。 ことの発端は、ある男の存在でした。私はこの男には逆らえない事情を抱えていたのです。 この男の名前を、仮にSとしましょう。 Sは私を自分の都合のいいように扱いました。「飯を用意しろ」「物を買ってこい」など、いつも私に指図するのです。 これはまだいい方でした。挙げ句の果てには、「金を持ってこい」と金銭まで要求するようになってきたのです。 初めのうちは何とか用意して渡していました。けれども次第に大きな金額を提示してくるのです。さすがに私もそれは無理だと断りました。 すると、Sは私を殴りました。今度は暴力で支配しようとするのです。よくある話です。他人事としてはつまらない話でしょう。 ですが、それがいざ自分に降りかかると、とてつもない恐怖が襲ってくるのです。足がすくんでもう逃げられなくなってしまいます。 私はそのサイクルにまんまと引っ掛かってしまいました。自分ではもう何も出来ません。それが私の世界の全てになってしまったからです。 ここから抜け出す術を、まだこの時には見出だせずにいました。ですから、この恐怖が永遠に続くということだけが、私の中の真実の思いを伏せていたのです』
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加