ハナ

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「なにしてるの?」 君が私と出会って、最初に言った言葉だ。 見ればわかるじゃん。 ここに座ってるの。 ここは、私の縄張りなの。 雨の中、公園の片隅で小さく震えながらそう思った。 「お父さんとお母さんは?」 そんなもの、知らない。 生まれた頃から私はずっと独りだった。 いつ生まれたんだっけ? 誰が生んだんだっけ? そんな疑問が、目まぐるしく頭を駆け巡る。 「そっかあ。ひとりぼっちなんだ」 君はつぶらな瞳で私を見つめた。 「あっ。これ、食べる?」 そう言って、ポケットから飴玉を3つ取り出して私に差し出した。 私が少し興味を持ったように顔を近づけると、君は思い出したかのように包装紙を剥いだ。 「いっぱいあるから、遠慮しないで」 君はポケットの飴玉を10個ほど、小さな両手に広げて見せた。 私は飴玉の匂いを嗅ぎ、ゆっくりと口に含み、ばりばりと噛み砕いた。 甘ったるくて、ジジ臭い味がした。 君はとても嬉しそうな笑顔をして、私に触れようとした。 反射的に私は身を引いて、触れようとする手を躱した。 「なんだよー。にげなくてもいいじゃん。あ、おれ谷村祐希(たにむらゆうき)。君は?」 唐突に始まった自己紹介に、私は困惑した。 というのも、私は名前を呼ばれた事がない。 というよりも、名前などない。 「じゃあ、君は今日から『ハナ』ね」 しばらく沈黙が続いた後に、そう決まった。 ハナ。 その由来は、今でも覚えている。 「なんか、鼻がちょっとピンク色してるから」 君の、祐希の無邪気な笑顔に少し救われた気がしていた。
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