たとえ、鈍色の世界でも

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「今日は遅くなる?」  仕事へ向かう夫の背中へ話しかける。振り返った彼の目は赤く染まっていたけど、穏やかだ。 「早く帰ってくるよ。今日は、あの子の命日だから」 「あれから、もう一年経つのね」 「……時の流れは早いな。俺たちばかり、歳をとる」 「……そうね」 「行ってきます」とドアを開けた夫が、再び顔をこちらへ向けて。 「あ、その口紅、似合ってるよ」と笑った。  絶望の先へ向かえば、見失っていた光を見つけることが出来る。傷が癒えることはないけれど、ひとりじゃないとあの子が教えてくれたから。    今日も自分が映る鏡の前へ座り、髪を整える。  一歩踏み出した顔が、小さく微笑み掛けていた。 「さくら、産まれてきてくれてありがとう。ママも少しだけ頑張るから、またいつか会おうね」                   fin.
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