江藤主任はありがとうと言っても死んでしまうらしい

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江藤主任はありがとうと言っても死んでしまうらしい

「お、さすが仕事が早いね。でもちょっと表紙にセンスがないかなぁ」  渡した報告書をぱらぱらとめくりながら言った江藤主任に、私はにっこりと笑顔を作りながら、氷よりも冷たい視線を向けてやる。人の顔色を察せるような男ではないことは百も承知だ。  表紙って何ですか表紙って。  て言うか、残業してまで仕事(しりぬぐい)を手伝ってあげた後輩に対する第一声がそれですか。 「今回のトラブルに対する内容を時系列にまとめた資料を三ページからつけています。当事者でない私には細かいニュアンスはわかりませんので、主任が提出する資料の叩き台としてお使いください。表紙は好きに変えていただいて構わないですよ」  はい、トラブルの当事者は主任ですよね? と言ってやる。  目下、グループをあげて江藤主任のミスの尻拭い中である。彼の手配ミスとその後の彼の対応により、担当するお客様が激怒しており、明朝には上司と彼が先方に謝罪に行くことになっているのだ。その際に提出する資料については、上司より直々に私に依頼があった。  彼に作らせたら丸一日かかるだろうし、言い訳ばかりでロクな資料になるまい、と言うのが上司の見解で、私もそれに全面的に頷いた。困ったときはお互い様だ。江藤主任に助けてもらった記憶は残念ながらないが、上司にはそれなりに助けられている。 「表紙はともかく、内容に何か問題はありますか? 視点が足りなければ、ざっとでよければ追加しますよ」 「うーん」  彼の視線は渡した資料を何度も行き来していたが、どうも頭に入っているようには見えなかった。見た目にはそれなりに気を使っているらしい彼にしては珍しく、髪型もシャツもよれっとしている。一応は、ダメージらしきものは受けているのかもしれない。  私はちらりと時計を見る。午後二十一時半。何か修正があるなら早めにもらっておきたいし、何もなければ帰って寝たい。 「末尾に添付しているデータは四月六日に更新されたものを使用しています。サーバー上では最新ですが、もし主任がローカルで作業していたりして、お客様に提出しているものと違うようでしたら、差し替えをお願いしますね」 「うーん、どうだったかなあ。美里ちゃんにもわからないの?」  私は沈黙を答えにした。お前が客に提出した最新資料の場所なんか知らんわ。神か私は。  彼はしばらく資料を見ながら唸っていたが、やがて一言。 「この明朝体のフォントって、硬すぎない?」  つくづく見た目だけで中身のない男のコメントである。 「もう遅いので私は帰りますね。表紙もフォントも、主任のセンスで変えてもらって構わないですよ」  私はにっこりと笑顔を向ける。  なんでも良いですが、上司の手前、謝罪の資料を丸文字フォントで出すのだけは、やめてあげてくださいね。
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