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選考結果の行方
「私、納得いかないのよね。今回の選考結果」
パソコンの画面越しに、不機嫌な表情を浮かべたアラフォーの総編集長がいた。
私は、ワンクリックでリモートをブチンと切りたい衝動を抑えた。
「総編集長、今回の短編小説の選考結果は読
者の皆様の総意です。まだ本誌及びWeb
でも発表はされておりませんが、社内の選
考委員以外も結果を知っています」
「だから、何よ」
総編集長の声がワントーン低くなった。
この後に社長、取締役、社内の全編集長が出席する会議を控えている。気合いの入った普段より3倍は盛ったであろうメイク顔で睨まれるとちょっと怖い。
「これは読者の皆様からの貴重な御意見でも
あると思います。ですから…」
「私に楯突くつもりなの、あなた」
私の発言を遮り、総編集長は深いため息をついた。
「入社3年もたたない、実績も大してないあ
なたが意見できる立場かしら?」
…はじまった。
この人は自分の意にそぐわないことは、すぐに否定する。
新卒向けの会社説明会で、何人もいる編集長を束ねる総編集長は一際と輝いてみえた。
自社が発行する雑誌への想いは熱く、背筋を伸ばして堂々としている姿に憧れを抱いた。
引っ込み思案で他人との関わりが苦手な私だが、必死になって面接対策や業界研究をして入社したのに。
総編集長は仕事はできるし、社内・社外において顔が広い。しかし、彼女が管轄する編集部内では外面の良い仮面を外して部下に接する。フラストレーションを部下にぶつける最低な女王様だ。
「ねぇ、聞いてる?」
「はい」
「アラサーの女子が仕事に恋に全力なんてあ
りきたりな内容だし、ましてペンネームだ
ってセンスなさすぎよ。KoKoMiだなん
て」
…じゃあ、どうしろと!?
私は画面から見えないように両膝の上で両手を握りしめた。
「それでね、私の取引先の担当者が応募して
いるのよ」
「え?」
「今後会社にとって有益な取引先の担当者だ
から、その作品を最優秀賞に選ぶわ」
「いい加減にして下さい!」
私は拳を振り上げ、机をダンッ!と叩いた。
「最優秀賞に選ばれた短編小説は、私、小
林琴美が書きました。作家になる夢を諦め
きれなくて、こっそり投稿しました。賞は
頂かなくて結構です。読者の皆様にご支持
頂けただけで十分です」
パチパチパチパチ
え?拍手?
どこから?
「僕も作品を読んだよ。素晴らしい出来だ
ね。小林君、ライターが1人辞めて中途採
用を検討しているんだ。ライターだけどチ
ャレンジするか?」
社長がパソコンの画面にパッと映った。
続々とこの後のリモート会議に参加するメンバーが写し出された。
「話は全て聞かせてもらったよ総編集長。
確か君の意向で社内の新たな書き手を発掘
するために社員の応募も可にしたはずで
は?」
「そ、そうです」
消え入りそうな声で総編集長が返事をした。
「この件については、会議の後にゆっくり
話そう。さ、始めようか」
「社長、ありがとうございます。是非ライ
ターをやらせて下さい」
社長が頷いたのを確認した。
「小林は失礼致します」
私は思いっきりワンクリックしてリモートを抜けた。
はー、胸がスッとした。
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