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「ジャックー?どこだい?」 呼びかけるも、ジャックは現れない。 帰宅時は確かに見かけたはずなのだ。 玄関ドアの下にある小窓が押し開けられている。ジャックが通った痕跡とみて間違いない。ジャックは外に出たくなった時に、この小窓を使って庭へ出る。とはいえ、そんなことは稀だ。ジャックは基本的に散歩以外で外に出るのは好きではない。どうしても外が気になった場合くらいだ。 庭を見ても、ジャックの姿はそこにない。となると、ジャックは門をくぐり抜けてこの家から出たことになる。少年の家の門は、下部に少し空間があり、小型犬くらいならばそこを通り抜けることができるのだ。この造りなので、ジャックはその気になればいつでも家から逃げ出すことができたわけだ。しかし、大抵の飼い慣らされている犬というのは、外に逃げ出しても益がないことを知っているから、門が全開になっていたとしても、外に出ることはありえない。 だが、犬というのは正直な生き物であるので、外に餌を持つ人間などが現れれば、躊躇なく飛び出していく。即ち、興味を引く何かが外にあった場合。 答えは一つだ。 ジャックは誘惑に耐え兼ねて、散歩も待ちきれずにあの家へ向かったのだ。 思えば、ジャックは本当に落ち着きがなかった。帰宅した時も、どこか浮ついた表情を浮かべていた。少年はあの家に恐怖し、もう絶対に近づかないと決めていたから、そんなジャックをあえて無視していたのだった。それが、こんな行動に出るとは。 少年はやれやれ、と溜息をつき、ジャックを迎えに行くことにした。早々に連れ帰って、少し説教もせねばなるまい。 案の定、ジャックは例の洋館の前で佇んでいた。 「こら、ジャック。勝手に逃げ出したりしちゃ駄目じゃないか。さあ、帰るよ」 と半ば少年は声を怒らせながら言う。 しかし、ジャックは少年を見向きもしない。家に気を取られて、少年に気づいてさえいないのだ。もう一度呼びかけても、まるで気付く気配がない。 少年は苦笑した。一体、この家にどれほどの魅力があるというのだ。少年は洋館を見上げた。 あっ。 思わず、声が出てしまう。二階の窓に、またあの黒い影が佇んでいる。今日は一瞬ではない。はっきりと見える。少年はあまりの恐ろしさに、その場で固まってしまう。 目も離せずにその影を眺めていると、影がのそのそと動き始めた。暗闇の中から、影が蠢いているのが分かる。グニャグニャと折れ曲がり、それが”ある行為”を示していることに少年は気づく。 ああ、もう嫌だ。少年は目を瞑った。 ーあの影は、手招きをしているー そう理解してしまう自分が、嫌だった。少年は今にも叫びたかった。 怖い。怖すぎる。 この洋館は一体何なんだ。あの影は何者なんだ。 肉体を貫いて電光のように恐怖が駆け巡る。 早くここから逃げないと。 でも、ジャックを連れて帰らないと。 少年は勇気を振り絞り、目を開けた。 視線の先にジャックはいない。 まさか。 ジャックは、門をくぐり抜けて、既に敷地の中に入ってしまっていた。 「入っちゃ駄目だ、ジャック。戻ってきなさい」 少年が必死に呼び掛けるが、ジャックは振り向きもしない。そればかりか、一直線に洋館へと足を進めていくではないか。 ああ、とんでもないことになってしまった。少年は頭を抱えた。恐怖やら不安やらがない交ぜになり、少年を襲う。 咄嗟に足を反対に向け、戻ろうとしたが、道の向こうに人影が見えたような気がした。外も駄目、か。本当なら今すぐにでもここを立ち去りたい。絶対に目を向けたくはないが、あの影のことも気になる。 そもそも、まさかこんな洋館にジャックを置いていくわけにはいかない。何としても連れ帰らないと。そして、こんな洋館に二度と関わらないよう、厳しく叱ってやらなければならない。 とはいえ、少年に門をくぐることは出来ない。 ここで呼びかけていても、ジャックは絶対に戻ってこない。 少年は自然に、門に手をかけていた。 かちゃ、と擦れるような音がする。 この門はなんと、鍵がかかっていなかったのだ。 少年は少し安堵したが、すぐさま恐怖で塗り固められた。 この家に、入らなければならないのだ。あの”影”が潜む家に。 少年は大きく深呼吸をして、門を潜った。
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